短編小説2

□ただいま[上]
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これは、あたし達が高校三年生の。

あの学校で過ごした最後の夏の、物語。






















『ただいま』




















7月、某日。

「…………は?」

うだるような暑さが続く毎日のなか、この全寮制女学院で生徒達が口にする話題もさすがに限られて来た。

それは、月末からの夏休み。

普段は親元を離れている少女達だ。
夏休みの帰省が楽しみじゃない子なんていないだろう。

……ま、例外も居るけれど。

「……今、なんと言った」
「だから、今年くらい実家帰りなさいよ、あんたも」
「…………」

全寮制女学院の付属寮、エーデルワイスの一室にて。

あたし、相原馨と、その同室者である東宮道行は話し合っていた。
主に、この見た目だけは美しい性格破綻人間を説得するために。

「あたし、今年はどうしても帰んなきゃいけないのよ」

そう、溜め息と共に吐き出した言葉にも道行は反応しない。

普段の威圧感とはまた違う、重苦しい沈黙に息苦しくて堪らなくなった。

「……あのさぁ、高校最後の夏休みくらい実家帰ってあげなさいよ」
「貴様に関係無いだろう」
「あるわよ。大有りですわよ道行くん」

目の前で不機嫌そうに腕を組む少女……いや、少女のふりをして女学院に通うこの男とは、中等部からの約6年間、クラスどころか寮まで同室で。

毎年、なぜか実家に帰りたがらないこいつのせいで、あたしまで休みに寮に残る生活を強いられて来た。

考えてみればおかしいでしょ!

なんで二人で夏休みの宿題片付けたり、正月に寮で二人鍋してたのよあたし達!

「鍋、好きだろう?」
「大好きです!」
「じゃあ問題無いな、この会話は終了だ。私は帰らない」
「いやいやいやいや!ちょっと待って違う違う違う!」

色々と違うから!

「5年分の休みを無駄にしてるのよ、あたし達!?」
「まぁ確かに貴様と二人で過ごす時間は無駄に違いないな。楽しくもない。今年はなにか芸をやって私を楽しませろ」
「あんた何様!?」

何様俺様道行様は相変わらず会話のキャッチボールが苦手でいらっしゃる。

ゴロで転がって来たボールを拾おうとしたら、奪い取られて顔面にたたき付けられたような気分だ。

ちゃんと人の話を聞けよ!

「あたし、今年は帰らなきゃいけないの!」

数日前までは、あたしだって例年通りに道行と寮に残るつもりでいたわよ。

でも、昨日。

寮にかかって来た一本の電話でその予定は木っ端みじんに打ち砕かれた。

「昨日、父さんから電話があって……さすがに高校最後の夏休みくらい、帰って来て家の手伝いしろって」
「……まぁ、正論だな」
「じゃないと強行手段に出るって」
「なんだ?強制的に連れて帰るとでも言われたか?」
「違う。帰って来なかったら、背中にあたしの名前入れ墨して全裸で永田町走り回るって……」
「Oh……、」
「え?なんて?」

て言うかそんな残念そうな目であたしを見ないで!

確かに父さんは残念な人だけどさ!

あたしまでそんな目で見ないで!

「とにかく!今年は残るのあんただけなんだから、電気代水道代及びガス代節減のためにあんたも実家帰んなさいよ!」
「ほう、私に命令するとは良いご身分になったものだな、馨」
「脅しには乗らないかんね!もうすぐ休みだからビビんないよ!」
「一晩あれば貴様の穴という穴にカニを詰め込むことなど容易いことだぞ?」
「ごめんなさい!」

でもね、道行さん、人生どうにもならないことってあるじゃない?

「貴様がどこぞの馬の骨とも知れない男の種で孕み、売れない酌婦をしながら男と子を食わせる不幸せな将来のことか?」
「あんたん中であたしってそんなイメージなのちょっと泣きたい……ってごまかされないわよ!」

チッ、って顔しない!

とにかく、さすがに今回ばかりはあたしも付き合えない。
父さんと将来の話もしなきゃだし。

それに、体調を崩して何度か帰省していたあたしと違って、道行は本当に入学以来一度も実家に帰ってないはずで。

「……久々に、顔出すくらいはしてきたら?」

家族、寂しがってるんじゃないの?

道行がこれ程までに帰りたがらないのだから、なにかこう、帰れない事情があることくらい分かる。

でも、もう5年以上会ってないんでしょう?

「お母さんとか、さすがに寂しがってると思うよ?」
「……馨の家は、父子家庭だったか?」
「ぇ?あ、あぁ、うん、そうだけど……それがどうかした?」

動揺してしまったのは、同室になって間も無い頃に一度しただけのはずのあたしの家の事情を道行が覚えていたことに驚いたから。

それから。


 
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