短編小説2
□ただいま[上]
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そう言えば、12才で初めて会った時の道行はトースターを見たことなかったらしくて、びっくりしてたなぁ、なんて懐かしい記憶が蘇る。
実家がパン食文化じゃなかったらしいから仕方ないけど。
それにしても、中1の時の道行は本当に可愛かった。
当時こそ、なんて野郎だ、なんて思ってたけど、今の道行を思えば可愛いもんだ。
「……ふはっ、」
トースターからパンが飛び出した瞬間の、零れ落ちそうに見開かれた目を思い出すと、今でも笑える。
チンッ、てレバーと一緒にパンが飛び出した瞬間、それはもうすんごいびっくりしてた。
音にするならそうだなぁ、こう、びゃああぁああって感じに、
バァアアン!
「びゃぁああぁあああッ!?」
突然聞こえた爆発音に思わず悲鳴をあげてしまった。
なにッ!?
なんの音!?
咄嗟にトースターを振り返ったけれど、そいつはまだ目下パン焼きの真っ最中である。
違うだとっ!?
じゃあ一体なにがあんなランボーみたいな音を立てたというのよ!?
その疑問はいとも簡単に解決した。
尚も続く爆発音は、全てあたしの携帯電話から発信されていたから。
「…………あンの女装男!」
なんっかいあたしの携帯いじくり回せば気が済むわけ!?
陰湿な嫌がらせしやがって!!
うんざりしながら手に取った携帯電話の液晶画面には、見慣れない名前。
てっきり道行からの呪いの電話だと思っていたあたしは呆気に取られた。
「……寮長?」
そう、液晶画面には『御神楽寮長』という文字が記されていたのである。
……またなにかしたんスか、御神楽さん。
玄関に虫が出たから助けてくれとか。
酷い時には、補導された御神楽さんが成人男子であることを証言するためだけに交番に呼ばれたことすらあるぞ。
そんなダメ寮長だ、今度はなにをやらかしたのかと溜め息混じりにあたしは通話ボタンを押した。
「はい、相原で、」
『相原さぁああぁあん!たす、助けっ、カギが!死んじゃって!!アルコールが!開かないんだよぉおおぉぉ!』
「とりあえず落ち着いてください。三言で状況説明をお願いします」
『カギが!アルコールで!開かなくなったんだ!』
「なるほど分からん」
相手は完全にパニックを起こしてる。
ちなみに、後ろではぎったんばったんばしゃんばしゃんと酷い音がしていた。
後ろの音もそのカギがアルコールで開かなくなったことに関係が?
『ううん、これはただ単に洗濯機と食器洗い機と給湯器が一気に壊れちゃっただけだよ?』
完全に水難の相出てるじゃないスか。
『そんなことより!東宮さんが!!』
「道行?ちゃんといい子にしてます?」
『出て来ないんだ!一週間くらい!』
…………はい?
「一週間、って……えぇッ!?」
『最初はよく食べるしよく寝るし宿題もちゃんとやるいい子だったんだ!』
「それは少なくとも高3に向ける言葉じゃないですけどね!?」
『でも一週間前くらいから部屋に閉じ篭って出て来てくれないし!部屋からアルコールの匂いするし……っ、ぼ、僕は私は俺はどうしたらぁあぁあああ……っ!急性アルコール中毒の死体は横に向けなきゃいけないのにぃいぃぃぃ……ッ!』
「落ち着いて御神楽さん!勝手に殺さないで!……ぁ、カギ!」
そうだよ、寮長なんだから合鍵で強制捜査できるじゃん!
『駄目だよぉ、勝手にカギ変えられちゃったみたいで開かないんだぁ……っ!』
「道行のアホがあぁああぁぁッ!」
なにやってんだあいつ!
ほんとなにやってんだあいつ!!
あー、もうっ!
「とりあえず、あたし戻ります!」
そう、叫んで。
電話を切ると同時にチン!と飛び出したパンをくわえて。
あたしは自宅のダイニングを飛び出した。
◇◇◇
電車に揺られること約2時間。
あたしは、約3週間振りの。
あと半月は戻る予定の無かった学院寮へと舞い戻っていた。
おどおどと慌てる御神楽さんをすり抜けて、歩き慣れた自室への廊下をずんずん進む。
あたしだってやる時はやるんだ。