短編小説2

□ただいま[中]
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ずっと一緒に居られると思ってた。

高校を卒業しても。

5年後も、10年後も。

ずっとずっと、一緒に居られるって。

でも。

それは、子供が描いた、ただの落書きでしかなかったのかもしれない。





















『ただいま』





















あれから。

道行が部屋で意識を失って、救急車が来て、なんとか落ち着いた今までで、どれくらいの時間が経ったんだろう。

気が動転していたからよく分からない。

ただ分かるのは、道行はなんとか無事だということ。

急性アルコール中毒というよりかは、疲れが溜まっていたことの方が深刻だったらしい。
栄養失調、睡眠不足、と診断された道行は学院内の保健室で点滴や応急処置を施され、今も眠っている。

……そう、道行は病院へは運ばれてない。

なんでかなんて私にも分からないわよ。

ただ、今も目の前に居る男が救急車で駆け付けた救急隊員さんに小声でなにか言ってた辺り、この人がなにか噛んでることは間違いないんだろうけど。

「なんとか落ち着いたみたいだな」

そう、いきなり私と道行の部屋に乱入して来た男は隣の部屋を覗き込みながら言う。

ここは学院内の談話室。

隣の保健室では道行が眠っている。

「……聞きたいことがあります」
「奇遇だな、僕もだ」
「…………そちらからどうぞ」
「あんたはどこまで知ってる?」

そう、道行とはまた違ったイヤな感じの笑みを浮かべる男は私をいぶかしげに見つめながら言った。

どこまで知ってるって、なにがです。

「あの人がどういう人かだよ」
「……性格なら、嫌ってほど知ってる」
「本当は男だってことは?」

……正直、びっくりした。

もしあたしが道行のその秘密を知らなかったらどうする気なの。
あんたが誰かは知らないけど、道行のマイナスになるようなことはしない方が良いんじゃないの?

そんなことを思ったけれど、この人がどういう人かすら知らないあたしにはそれを言う権利もない。

あたしはぐっと口をつぐんで、目の前の男に返事をする。

「男だってことは知ってる」
「馬鹿にするな、って感じだな」
「……べつに、そんな、」

イヤな感じの言葉ばかりを返してくる男に苛立って、無意識に睨みつけるような目で見てしまった。

そんな、あたしに。

目の前の青年は、どこか道行に似た、全てを馬鹿にしたような視線を向けて。

小さく鼻で笑った。

「男だってことは知ってる、か」
「中等部の時からよ。それから今まで、ずっとクラスも部屋もおんなじでっ、」
「じゃあ、なんであの人が男なのにこの女学院に通っているかは知ってる?」

…………ぇ?

「バレないように過酷な減量までして女の格好をする理由は?それを隠す理由は?実家に帰れないわけは?この人の家業は?この人、変な喋り方するだろう?その理由も全部、あんたは知ってんの?」

この人に話してもらったのか?
そう言って勝ち誇ったように笑われて、かぁ、と頬が熱くなった。

むかつく。

なによ、あたしが道行のことをなんにも知らないって言いたいわけ?
なんにも教えてもらってない、って。

あたしと道行は5年以上一緒に居るのよ。馬鹿にしないでよ。

…………でも。

確かに、道行がどうして無理矢理にこの女学院に通っているかなんて、あたしは知らなくて。
家に帰れない理由も、知らなくて。

そんな風に思うと、目の前の男に突っ掛かることすら出来ない。

「所詮はその程度だってことだろ」
「ッ……、」

押し黙るあたしを、男は勝ち誇ったような目で見ている。

なんだかそれが、すごく恥ずかしかった。

「あんたも聞きたいことあるんだろ?」
「……あんた、だれ。道行のなに」
「僕は道行さんのご実家を代々手伝ってる家の人間だよ。……ああ、そうか、あんたそもそも道行さんの実家のこと知らないんだっけ?」

そんな、いちいち鼻に付く話し方をする男に本当に苛々した。

「あんた、名前は?」
「普通、自分から名乗るものじゃない?」
「あたしは相原馨。名前は?」
「吉良だよ。吉良ツバメ」
「吉良くん、あんた彼女居ないでしょ?」
「…………今その話は関係無いだろ」

ふふん、やっぱりね。

いくら見た目はそれなりに綺麗とは言え、あんたみたいな基本的に上から目線の男に彼女なんざ居るわけないってのよ。

「これだから女と話すのは嫌いなんだ」
「奇遇ね。あたしもあんたみたいな男と話すのだいっきらい」

そう言ってにっこりと笑いかけてやれば、目の前の吉良とか言う男は顔をしかめて舌打ちをした。

よし、形勢逆転。

普段は道行と居るから気付かれないけど、あたしはどちらかと言えばキツイ人間だと自負しています。


 
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