短編小説2

□ただいま[下]
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守るよ、道行。

どんなことからだって、守ってあげる。

帰る場所が無いと泣くのなら、ここを帰る場所にすれば良い。

だから。

帰っておいで、道行。






















『ただいま』






















東宮家で道行を確保したあたしは、その足で向かいの西ノ宮家へと戻った。
今度は吉良くんの居る別宅ではなく、道行のお母さんが居る本宅へ乗り込むために。

道行はそりゃもう嫌がった。

嫌だ、それだけは勘弁してくれと、そう叫ぶ姿に妙な興奮を煽られつつ……とか今はそんな話をしてる場合じゃない!!

とにかく、言葉通りあたしは道行を引きずって西ノ宮家本宅へと乗り込んだのである。

しかしまぁ、あたしには確信があった。

だって普通に考えて、『流産した』なんて悪質な嘘をついてまで捨てた子を本宅の目と鼻の先にある分家に置いとくと思う?

本当に要らないのなら、家の風習に従って寺でもなんでも預ければ良いのよ。

なのに、道行のお母さんはそうしなかった。

なにか絶対に理由がある。

そんな確信があたしにはあった。

そして。

それは見事に大正解したわけだ。

「だって、死んだことにでもしないと取り上げられてしまうんですもの」

そう、道行のお母さんは……西ノ宮流家元である西ノ宮文子はしれっとそう言ってのけたのだから。

ここは、西ノ宮家の稽古場。

お手伝いさん達が止めるのを無視してここまで乗り込んで来たあたし達を、稽古中だったらしいその女性は叱り付けるどころか……少し嬉しそうに迎え入れたのだ。

そして、道行のことを問い詰めたあたしにあっけらかんと言ってのけた。

家の風習に従いたくなかった。
寺なんかに取られたくなかったから、道行を死んだことにしたのだと。

「信じられる?自分が産んだ赤ちゃんなのに、男の子だったからっていう理由だけでお乳を飲ませることすら許されないのよ?」
「……だからって、死んだことにするなんてどうかと思いますが」
「あなたも母親になれば分かりますよ」

そう言って、文子さんは板張りの床に正座してがっちがちに緊張している道行を見つめた。

それはもう、愛おしそうに。

「ごめんなさいね、道行。あなたにはつらい思いばかりさせて」

言い訳みたいに聞こえるかもしれないけれど、最初は西ノ宮家の女の子として育てようと思ったのよ、と文子さんは続ける。

「でも、それはそれで男の子としてのあなたを否定する気がしたの。将来この子に好きな女の子が出来た時、きっと苦しむことになるって思った」
「……だから、道行を東宮家に預けたんですね?」
「遠くにやってしまうよりはマシだと思ったの。少なくとも、そのおかげであなたを自分の乳で育てることは出来たわ」
「ぇ…………」

それまで黙っていた道行が、文子さんのその言葉を聞いて顔を上げる。

そんな道行を文子さんは笑顔で見つめて、口を開いた。

「あなたは私がお乳を飲ませたのよ?」
「……嘘だ、私は一度もあなたに会っていないはずで、」
「そうね……覚えてないかもしれないわね。でも、あなたが2才になるまではよくお庭で一緒に遊んだものよ?」

その後からは家がややこしくなったこともあったし、私が子宮癌を患ったこともあって、しばらく会えなかったけど。

そう言って、文子さんはわずかに顔をしかめる。

「いけないわね、時間が空けば空くだけ、あなたに会うのが怖くなっちゃって」
「……どうして、」
「あなたが私を怨んでいることは分かってたもの……だから、あなたが稽古をつけて欲しいと言った時、とても嬉しかった」
「ならどうして道行に稽古をつけてあげなかったんです?女学院に通えたら、なんて条件まで出して」
「本当はうちに帰って来て欲しかったの。だけど、今更そんなこと言えるわけなかったし……」

途中で口を挟んだあたしに嫌な顔をするでもなく、文子さんは言葉を濁す。

「本当はね、もっと早くにバレて帰って来てくれると思っていたのよ?そしたら良い機会だからって、どさくさに紛れて帰って来て貰おうと思ってたの……でも、」

そこで言葉を区切って。

文子さんは、あたしをまっすぐに見つめた。

「でも、あなたの協力もあって、5年もそっちに行ったままだったですものね」
「……あたしを怨んでます?」
「いいえ。道行がとても楽しそうに学校生活を送ってる、って聞くたびにあなたに会いたいと思ってたわ」

ありがとうね、馨さん。

そう微笑んだ文子さんの顔はとても綺麗で……ああ、道行、あんた完全に母親似ね。

そんなことを思ったけれど、今はそんな幸せな気分に浸ってる場合じゃない。


 
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