短編小説2
□遅れてきた招待状
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『発注先のミスかなぁ?』
……違うよ。
『郵便屋で止まってたとか?』
違うよ、仁科さん。
『ぁ、もしかして三木ちゃん引っ越した?学生ん時、お父さんの仕事の関係でよく引っ越すって言ってたじゃん?それでさまよってたとか』
そんなわけないよ。
だって、そうならないために私は実家を出てないんだから。
その後どんな会話をしたのかは覚えていない。
気付けば私は携帯をベッドに投げ捨て、その隣に自らも再び倒れ込んで天井を見上げていたのだから。
「……嫌われたものね」
笹原さん。
頭の中でその名前を呼べば、今もその響きは鮮明な色を取り戻す。
彼女に出会ったのは、私達が高校2年生の夏だった。
◇◇◇
昔から、私は転校ばかりしていた。
小学校で3回。
中学校で2回。
そうして、高校生としては初めてとは言え、高校2年から新しい高校に入るハメになった私は正直うんざりしていた。
小学生の時は珍獣のように見られ、中学生の時は『前の学校でなにかやったのか』とヤンキーに絡まれる。
途中参加というハンディを乗り越え、無理して自分を取り繕って、努力して、懸命に手にした友人ですらすぐにさようなら。
父親に文句を言う気はない。
だけど、もう友人なんか要らないと思う程度にはなっていた。
どうせすぐ別れることになる。
それはべつに転校が理由じゃなくても、高校を卒業すれば皆ばらばらになるのだから。
高校を卒業し、大学を出てもなお連絡を取り合うような友人が何人居るかと新社会人に聞いてみれば、友人なるものがいかに下らないものかが分かるだろう。
数年後、この考えが間違っていることに私は気付くことになるのだけれど、今はそんなこと知りやしない。
だから。
私には誰かと仲良くする気なんて毛頭無かった。
冷めた目で新しい級友達を見つめ、冷めた声で冷めた自己紹介をした。
そんな私がクラスで浮いた存在になるのは当たり前なわけで、私の予想の範疇だ。
むしろ、一人で本を読んだりする方が楽な上に有意義な時間を過ごせる。
全ては私の予想通り、予定通りのはずだった。
あの女に話し掛けられるまでは。
「ねぇ、なんの本読んでんの?」
ある日の昼休み。
騒がしい教室内にうんざりしながら本を読む私に掛けられた声に、最初、私は自分が話し掛けられていることに全く気付かなかった。
「ねぇってば、三木さん!いつもなんの本読んでんの!」
二回目。
名前を呼ばれれば、さすがに気付く。
私はうんざりしながら、文字を追っていた視線を声の主へと上げた。
そこには、にこにこと笑うこのクラスの中心人物。
クラスみんなに慕われ、明るくて、活発で、男女隔てなく誰にでも気さくで、行事ごとになれば無駄なほどの情熱を注ぐタイプのクラスメート。
私と真逆の人間。
私が苦手なタイプの人間。
それが、笹原朱美だった。
「……なにか、用ですか」
「だから、なに読んでるのって」
そんなことを聞いてどうすると言うのか。
私は溜め息を吐きながら、しおり代わりの指を挟んだままに表紙を見せた。
「カラマーゾフの兄弟」
「面白い?」
「好き嫌いの問題ですよ」
「ねぇ、クラスメートなのになんで敬語なの?」
……これ以上は話しても無駄だ。
そう思った私は再び本を開いて文字を追うことにした。
「ねぇ、私ね、テニス部なんだけどテニス部とか入ってみない?」
「興味無いです」
「じゃあ練習試合だけでも良いから!一回で良いから見に来てよ!」
それ以上私に話し掛けないで。
そう口にしそうになるのを、寸のところで我慢する。