短編小説2
□chameleon
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人間とは恐ろしいもんだ。
ずっと昔に聞き齧っただけの朧げな記憶だが、アメリカかどっかのお偉い学者さんの発表によりゃあ、人間っつーのは顔や素性を晒されてなきゃなんでも出来るらしい。
絶対に相手が死ぬって分かってるようなことでも、楽しみながら出来るんだとさ。
まぁ、自分と相手の顔が見えてないことが絶対条件らしいが。
それに俺は深く納得した。
例えるなら……そうだな、現代のインターネットを取り上げようか。
顔も素性も晒さないからこそ、面白がって政治や芸能に批判ばっか垂れる連中が出て来るんじゃねーかと思う。
ありゃ批判じゃねぇ、ただの文句だ。
その言葉には責任も無ければ、行動を起こさせるほどの威力も無い。
伝わらなきゃ意味ないんだ。
素性晒して顔付き合わせて話し合うからこその意見だろ、俺はあんなのを意見だとは認めたくないね。
ぶつくさ言ってるヒマがあんなら署名活動の一つ、デモの一つでも始めろよって思うタイプなわけだ、俺は。
もっと軽い例を上げるなら、他人を通した告白とかして来る奴な。
「ナントカちゃんがマコト君のこと好きって言ってたよ〜」ってお前は俺を馬鹿にしとんのかと思うね。
恥ずかしいんだか自分が傷付かねーためだか知らねーけど、度胸が無いなら最初から告白とかすんな。
自分とも向き合えてねーからそんなことになんだろ、そんなんで他人と向き合えると思うなってんだ。
……話がだいぶズレたな。
つまりは、だ。
俺は、ちゃんと向き合って、ちゃんと自分のツラで、自分のスペックで、自分の言葉で、そうやって伝えられた気持ちしか信じねーぞってことだ。
分かったか、この卑怯モンが。
『chameleon』
ジリリリリリリリリ!
「マコト君!起きて!朝だよ!」
けたたましい目覚まし時計の音と共に聞こえた、朝から聞くにはキツ過ぎる甲高さとテンションを乗せた声。
いっそ狂暴なまでのそれに、俺の意識はゆっくりと浮上する。
「…………っ、ぅ」
「おーきーてーッ!」
ハタから見れば、妹が寝汚い兄を起こしに来ているようにも見えるだろう。
だが驚くことなかれ。
俺は埋まれてからの17年間、ずっと一人っ子だ。
じゃあなんなんだと聞かれれば、たぶん今日もあの女がおおっぴらに不法侵入して俺を起こしてるんだろうなとしか言いようがない。
いや最近じゃあ普通に玄関から入って来て、母さんに挨拶して、下手したら朝メシ食ってから上がって来やがる。
出会ったことすら覚えがねーような女が毎朝起こしに来るんだぞ。
考えてみろよ、ちょっとしたホラーだろ。
しかも、そんなのがほぼ日常と化してんだ。
堂々としすぎてて分かりにくいが、れっきとしたストーカーだろ。お巡りさんこっちです。
……頭が痛い。
「あーさーだーよーッ!」
「……うるせーよ」
「マコト君てば低血圧だもんね!美少年のお約束だよね!」
なにを言っているのかよく分からないのはいつものことだ。
つか、なんか息苦しい。
腹の上になにかが乗ってる。
「お前……乗ってんなよ」
「擬似きじょうい!」
「うっせ……しかももうちょい下だし……」
「案外足短いんだね」
うるせえ。
喋ってるうちに完全に目が覚めた。
それでも尚、くらくらする低血圧気味な頭を振りつつ目を開ければ。
窓から差し込む朝日。
そして。
俺の腹の上に乗っかる、正体不明の青い髪をしたストーカー女。
……また妙な格好してやがる。
いや、今日のはまだ見覚えがあるな。
普段の格好なら1ミリも分かりゃしねーが、今日のショートカットの青髪に青い衣装を着た姿には見覚えがあった。
……そう、確か、国民的アニメに出てたはずだ。
「あー……アミちゃん?」
「ぶっぶー!セーラーマーキュリーじゃありまっせーん!」
「……じゃあなに」
「さやか!」
「知らねーよ」
誰だよサヤカって。
「後ろになんか変なマント付いてんぞ」
「マントはセーフよ!」
「いや、意味分かんねーし」
全く持って興味が無いので、腹の上に乗ってる所謂コスプレ趣味のストーカーを押し退けて布団から出ることにする。
「なに?マコト君まどかの方が好き?」
「まどかって誰だよ。マドカヒロシしか知らねーよ」
「私と契約して絶対彼氏になってよ!!」
「お断りします。でもその台詞は分かるわ、ムクロだろムクロ」
「違う!キューベー!プラス渡瀬さん!」
奥が深いんだか浅いんだか分からん。
まぁそもそもこいつとまともに会話が出来るとは思ってない。
それはこいつと出会ってから今までの約数ヶ月で痛いほど分かってる。