短編小説2
□おっさん収納庫
2ページ/59ページ
「おいコラなに飲んでんだ」
そんな声と共に、私の手の中から奪われたアルミカン。
私は、まだプルタブを開けたばかりだったそれを奪った人物を勢い良く振り返る。
「ちょっ、返してよ!!」
「ガキが飲むもんじゃねぇよ」
「もうハタチは過ぎたわよ!私の楽しみ返してよ!!」
「オッサンかお前は」
「おっさんはあんただろ……ってああッ!飲むなぁーッ!」
私の言葉に若干ムッとしたらしい目の前の男は、まるで私に見せ付けるかのようにそのアルミカンを傾ける。
ごっ、ごっ、とCMバリの良い音を立てながら嚥下される液体。
顎を上げているせいで、その度に喉仏が動くのがまた良い演出をしていて。
ちくしょうさすが美味しそうに飲むなおっさん……っ!
つか普通に考えて年取ってるからそんなに喉仏見えるんでしょ!?
筋肉無くて皮膚カラッカラだからでしょ!?
おっさんにおっさんって言ってなにが悪い!!
そんな私の怨念に充ちた視線などなんのその、目の前の男は涼しい顔をしてカンの中身を煽り切った。
「……っ、はー、この年になってイッキとかするもんじゃねぇなぁ」
「ちくしょう!覚えてろよおっさん!!」
「ぁ、カン返すな、はい」
「いらねーよ!!」
半ば涙ぐみながらそう叫んだ私に、目の前の男は年齢の刻まれた目尻を緩ませながら『オンナノコがそんな口のきき方するんじゃありません』と笑う。
なによ、オンナノコがオンナノコがって馬鹿にして!
「あんたあれでしょ、どうせ女は酒飲むなヤニ吸うなって思ってるんでしょ!あー、やだやだ、これだから古い人間は!!」
「いやー?べつにそれは思ってねぇよ?」
「じゃあなんなのよ!!」
あー、こんなくだんないことで怒って私って馬鹿みたい。
やだな……ほんと、かわいくない。
頭の片隅でそんなことを思ったけれど、今更引けやしない。
私の悪いクセの一つ。
いつもこうやって引けなくなっちゃう。
でも、こんなに可愛くない私でさえ、目の前の男はいつも酷く愛おしそうに見つめるんだ。
「んー、だってさ、好きな人には長生きして欲しいって思うデショ?」
……なにそれ。
「あんたのが先に死ぬじゃん」
「そ。俺はお前よりちゃんと先に死んで、天国のベッドあっためて待つのが夢なの。だからお酒とか飲まないでね」
それでなくともお前、肝臓弱いんだからさー。
そう言って頭を撫でようとする骨張った大きな手を払い退けて、私はぐぅっとうつむいた。
ちくしょう、頬が熱い。
きっとこの熱くてたまらない私のほっぺたは真っ赤に染まっているだろうし、目の前でからからと笑っている男もそれを知っているに違いない。
いつもこうだ。
どんなに私が怒っていたって、この男はいつもこうやっていとも簡単に私を鎮火する。
私が後戻り出来なくなっているだけなのを分かっているから、こうやっておどけたように笑いながら。
私がこの人に酷いことを言ってしまって、そして後悔する前に、止めてくれる。
なによ、バカ。
いつもいつも子供扱いして。
なによ、バカ。
大好きよバカ。
ありがとうって、いつもそれすら言えない私を責めることすらしない男は、うつむいたまま口を尖らせる私をまたあの目で見てるんだろう。
こっちが恥ずかしくなるくらい、可愛くて仕方がない、って顔をして。
「……子供だと思ってるんでしょう、私のこと」
「子供だと思ってるヤツにはあんなことしねぇよ」
「なッ、ん……ッ、おっさんッ!」
「おっさんだもん。仕方ねぇじゃん」
ころころと笑う姿は子供みたいで、でもその目元には苦労とか喜びとか、悲しみとか、私の知らない年数分の重みが確かにあって、少し悲しくなる。
……いつか、近付いてみせるけどね。
「ん、なに?なんか顔に付いてる?」
「ぇ、あ、え、え、」
突然ぶつかった視線に、私としたことがうろたえてしまった。
みっ……、みみみみ見とれてたとか!
言えるわけないし!
そんなこと言ったら死ぬ!私死んじゃう!
「ぇ、ええと、あのっ、か、かお!」
「かお?」
「顔赤いわよだらしないわね!」
「えー……マジで?あー、確かにくらくらするかも」
「一気に飲むからよバカ」
「昔はもうちょい強かったんだってー」
……なにそれ。おっさんくさ。
「て言うかさ、この若くて可愛い私に『長生きしろ』とか言う前にまず自分の健康管理をどうにかしたらどうなの?」
「若くて……え?」
「だまらっしゃい!」
とりあえず、私がもっと大人になるまで。
せめてあなたを真っ赤に出来るようになるまでは、絶対。
「……長生き、してよね」
勝ち逃げなんて許さないんだから!
『タイムラグ』