短編小説2

□おっさん収納庫
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幼い日の記憶。

当時5才だった私は近所のお寺のお兄ちゃんが大好きで、毎日出向いてはそのお兄ちゃんに遊んでもらっていた。

5才児の子守なんて面倒だったろうに、私の記憶の中のお兄ちゃんはいつも笑顔で。

今思えば、もの凄く出来た青年だった。

本当に本当に、私はお兄ちゃんが大好きだったんだ。

でも、別れは突然で。

私は6才の春を迎える前に、引っ越すことになってしまった。

最後の別れは今でも覚えてる。

お兄ちゃんとバイバイしたくない、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだ、と泣きじゃくる私の頭をいつものように撫でて、お兄ちゃんはにっこり笑って言ったのだ。

『また会えるよ』って。

『キレイになって帰って来てね』って。

『そしたら結婚しよう』って。

……お兄ちゃん。

あの時の約束を果たす時が来ましたよ!

激しい高揚感に包まれながら、私は約13年振りの地で大きく息を吐いた。

やっと……、やっとよ!

やっと帰って来た!
私としたことが、干支がぐるっと一周しちゃったわ!!

それでも、帰って来た。

ぐ、と自分の存在を確認するように足を踏み締めれば、寺独特の大きめの砂利が音を立てる。

その音に気付いたらしい、彼。

「どちらさまでしょうか……?」

約13年振りに会った彼は、相変わらず柔らかい笑顔で私を見つめる。

でも。

少し貧弱になったかもしれない肩も、目尻に刻まれたシワも、ちょっとよれっとしたかもしれない雰囲気も、私と彼との確かな13年を物語っていた。

そりゃそうよ、13年かかったんだもの!

「私よ!」
「……えーと、すいません、ちょっと最近記憶力がアレで……どちらさまでしたでしょうか?」
「すっかりおじさんじゃないの!」
「まぁ僕も40前ですから……」
「私はキレイになったわよ!!」
「ぁ、はい、凄くお綺麗ですよ………………って、え?ぁ、え?ぇ……え?」

カラン。

お兄ちゃんが持っていた箒が石畳に落ちて、小気味良い音を立てる。

気付くの遅い。愛が足りないわね。

「うそ……か、かなめちゃん?」
「ご明答」
「ぇ、ど、どうして……、」
「どうしてもこうしても、約束を果たしてもらおうと思いまして」
「約束……?」

不思議そうな顔。

あら、年にかまけてそんな大事なことも忘れてしまったの?

言ったじゃない、お兄ちゃん。

キレイになったら結婚してくれるって。

未だきょときょとと目を白黒させているお兄ちゃんの胸倉を掴んで、私はぐいっと引き寄せた。

なんとも簡単に倒れる体。

昔は私を抱き上げて遊んでくれたのにね。

「なにっ、を……!?」

カランカラン、と今度は石畳とちりとりがぶつかる音を聞きながら、私は強引にお兄ちゃんにキスをした。

渇いてカサカサ。

どさくさに紛れて撫でた頬に昔の張りはなかったけれど、私の愛に変わりなんてないわ。

……さぁ、約束よ、お兄ちゃん。

「結婚してもらいましょうか」

鼻がくっついたまま見詰めた先。

半笑いで、泣きそうにも見える彼の目尻のシワが、ひくりと震えた。














『13年目の約束』
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