短編小説2

□デリバリーサンタ
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さぁて、諸君。

クリスマスである。

おぉっと慌ててくれるなよ!

やめろ!マジでやめろ!クリスマスとか騒ぐな!自殺者が出るだろ!そうなったら貴様は犯罪者だ自殺者は他殺死体となり貴様は立派な犯罪者だクリスマス殺人事件だお巡りさんこっちです!

良いか!とにかくこれ以上山手線を止めてくれるなよ!!

おいコラそこ!いちゃつくな!!























『慌てんぼうのサンタクロース』






















少し聞いてほしい。

俺にはどうにも納得いかないことがある。

俺、植田三郎は極々一般的な家庭の三男として産まれ、極々普通に義務教育を受け、極々普通に高校を卒業し、自分に見合った大学に入り、真面目に就活を行ってそれなりの会社に就職した。

これのどこに皆との違いがある?

そりゃあ確かに平成になってだいぶ経つってのに、この“三郎”という名前はいかがなものかとも思うが、そんなことは取るに足らないことだろう。

そんなことで差別されたら堪ったもんじゃない。

と言うか、自分の名前はそれなりに気に入ってるから、名前を馬鹿にされた時点でそんな人間とはオサラバさ。

だから、そんなことじゃなく。

俺は普通の人生を歩んで、真面目に就職してるし、自立も自律もしてる。
顔だって悪かないはずだ。
高校時代や大学時代はそれなりにモテた。

それなのに、なぜ。

本日12月24日、俺は一人きりの部屋で特番なんざ見てるんでしょうね?

「…………はぁ、」

思わずこぼれた溜め息。
そう広くもない、それでも一人暮らしにすれば十二分なこのロフト付きのワンルームに響くのはテレビの楽しげな声だけ。

就職してから、3年。

この部屋に彼女が来たことは無い。

だって就職してからは彼女なんか居たことないからな!

……しょうがないだろ、仕事に慣れることでいっぱいいっぱいだったんだ。
女に構ってるヒマなんか無かったんだよ。

就職してから暫くはみんなそんなもんなんだろ?なんて俺は思ってたが、それはどうやら違うらしい。

脳裏を過ぎるのは、クリスマスイヴだからと定時で上がって行く同僚達の姿。

俺?俺はいつも通りきっちり10時過ぎまで残業してましたよあっはっは!

……くそっ、俺とみんなになんの違いがあるっていうんですか、神様!?
むしろ人より頑張ってただろ俺!

正直者は馬鹿を見る世の中なのか!?

さすがに、隣の席で仕事をしてるうちの部署イチ変わり者の同僚ですら今日は「用事がある」とか言って直帰届けを出してたのには大ダメージを受けた。
あんなイチローのサングラスみたいな変な眼鏡掛けてる男に彼女が居て、俺には居ないってなにそれ納得いかない。

「…………はぁ」

一人の部屋の静けさと、テレビの中の騒々しさ。
そのギャップが虚しさに拍車を掛けるような気がして、俺はチャンネルをぐるぐると回す。

どこを見ても、何を見ても、クリスマス!クリスマス!クリスマス!クリスマス!!

くーりすますがことしもやってーくるー……CMまでも俺を苦しめるのか。

げんなりとしながらテレビを消せば、チン、と調度良く電子レンジの止まる音がした。

クリスマスイヴにコンビニ弁当食っちゃう俺ってなんなんだろう。
ムカつくから敢えてチキン系は避けてやったぜ。

「幕の内弁当いただきます!」

そんな、無音の部屋に俺の無駄な独り言とチャイムの音が響いたのは同時のことだったと思う。

ぴんぽーん。

すきっ腹に寂しさの塊……いや、あなたとコンビに、と日々言ってくれてるいじらしい弁当を掻っ込もうとしていた俺は眉をしかめた。

誰だ?

俺には「来ちゃった」なんて言って訪れてくれる彼女も居なければ、寂しいクリスマスパーティーをするようなシングルの男友達も居ない。

時刻は午後11時過ぎ。

クリスマスイヴのこんな時間に、誰が俺を訪ねて来ると言うのか。

ぴんぽーん。

ぐるぐると思想を巡らせる俺の耳に響いた、二度目のチャイム。

会社からの帰り道で町中のカップルを目の当たりにした上にテレビからの攻撃をも受けていた俺のライフはほぼゼロで、正直言えば立ち上がることすら億劫だったが、あまりの寂しさに人と会いたかったのも事実。

今なら管理人のおばちゃんすら天使に見える自信があった俺は、三度目のチャイムで立ち上がった。

ぴんぽーん。

「はーい、ちょっと待ってくださいねー」

こんな見目もさほど良くないアパートに強盗が入るとは思わないが、とりあえず覗き穴から訪問者を確認。

そして、絶句した。

なぜなら、そこには天使が居たから。

……いや、管理人のおばちゃんじゃなく。
正直、さっきまでは管理人のおばちゃんですら天使に見える自信があったけど、今は無理だ。

本当の天使を知ってしまったから。

ぴんぽーん。

四度目のチャイム。

覗き穴から見える少女は、覗き穴特有の魚眼レンズ的視界で見ても分かるほどに心細げな表情をしている。

年は高校生から大学生くらいか?

赤いワンピースに赤い帽子、所々に白いふわふわの付いたその服装は、今日の帰り道でもたくさん見たスタイルだ。

ケーキ売ってる女の子達や、下手すりゃ薬局とかでもまとうコスチューム。
クリスマスチキンの大手、カーネルサンダースさんもクリスマスの時期はやってるね、そういう格好。

……つまりは、だ。

なぜか。

意味が分からんが。

俺の家にミニスカサンタが訪ねて来てる。

…………おいコラお隣りさん、キミの呼んだデリヘル、部屋間違えてんぞ。

ぴんぽーん。

心なしかチャイムの音すら心細げに聞こえた気がした。
それくらいに、ドアの向こうのデリバリーヘルス嬢は心配そうな顔をしている。

このまま居留守しても良かったんだが、さすがにデリヘル嬢の肩が震えてるのを見たらあまりにも気の毒で。

俺は小さく息を吐いてから、ドアを開けた。

ガチャ。

ドアを開けた途端、パッと顔を上げたデリヘル嬢の表情があまりにも嬉しそうで、俺は一瞬怯んでしまう。


 
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