短編小説2
□ペンギン学園2
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わたしは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の彼氏(仮)を除かなければならぬと決意した。
『ペンギン学園2』
「どういうことですか、綾部くん」
訳の分からないまま我が学園では希少価値の“男子生徒”という生き物と付き合い始めて早数週間目のことだ。
と言うか、正直付き合ったつもりはない。
『彼氏いる?』
『いません』
『じゃあ付き合ってよ』
『面倒ごとは嫌いなのでイヤです』
この会話でカップル成立、って思い込む馬鹿が居ると思う?
残念、居るんだなコレが。
しかも目の前にね。
「どういうことですか、ってなにが?」
「今度の式典のペア、勝手に申請したでしょ、あなた」
「うん。カップルだもん?」
目の前で、だもん、などと可愛らしく首を傾げているのは隣のクラスの綾部翔くん。
数週間前、わたしを恐ろしい女の戦いへと引き込んだ張本人である。
「リコールされたよ!」
「マジで!俺モテモテじゃん!!がんば!!」
「人ごとか貴様!!」
簡単に説明すると、うちの学校は毎年、春に式典を行う風習がある。
言わば、軽いパーティーってやつね。
それのペアを組みたいがために春先になると肉食系女子の男子争奪戦が激しさを増すわけだけれど、それは置いておくとして。
その式典のペアは申請式で、生徒会に届け出ることになっている。
が、しかし。
ここからが大切なところなのだ。
ペアは申請式ではあるが、リコールすることが出来るのです。
リコール、つまり『待った』を掛けられるわけね。
その昔、二股掛けてた最低な男が違う女と届けを出したことに激怒した女子生徒のために出来た制度らしいけど、そんなことはどうでも良い。
とりあえず、わたしと綾部くんの届けにリコールが掛かった。
つまり。
「あなたとペアを組むためにあのハイエナ女達と戦わなきゃいけないのよ!?」
「頑張ってよマイステディ」
「イヤよ!!」
意味が分からん。
なぜ付き合ったつもりもない男のために全校女子と戦わなきゃならないの。
「全校女子って、そんな大袈裟な」
「それが大袈裟じゃないんだな!ここぞとばかりにみんなリコール出しまくり!!」
「…………うわー、」
「わたしがウワーよ、ばかー!!」
今までキャットファイトとなんて無縁だったのに……!
彼氏は居なくても穏やかで健やかな学校生活を送れていたのに……!!
それがこの、こんな男のせいで!!
「で、なにで戦うことになったの?」
「マラソン……」
「うへえ」
「わたしだってうへえよ!!」
「走ってよ千草ちゃん。俺、セリヌンティウスばりに待ってっから」
「あなたは邪智暴虐の王です」
わたし、走らないわよ。
そう言ったところで分かってる。
訳の分からないまま付き合うハメになったあの時みたいに、こいつはペンギンの赤ちゃんみたいな危なげなくらい可愛らしい目でわたしを見上げて来るのだ。
「俺のために走ってよ、千草ちゃん」
そんなこんなで、よく分からないけれど彼氏(仮)のために走ることになりました。
◇◇◇
そして数日後、案の定、わたしは女子生徒達に囲まれていた。
「千草さんってあんた?」
「あー……はい、そうです」
とは言ってもこれが初めてじゃない。
しかし初めてじゃないからって、十数人の女子に囲まれて睨み付けられることに慣れれるわけじゃない。
「綾部くんと付き合ってんの?」
「あー……はい、そうみたいです」
「そうみたいってナニ」
「ぁ、いや、そうです、はい」
情けない話だけれど、視線を上げられない。
つま先ばかりを見つめているけれど、彼女達がわたしを睨みつけていることだけは分かるから怖い。
「とにかく、あたし達もリコール出したから。お互い頑張りましょ」
スポーツマンシップと見せかけた嘲笑の言葉を吐き捨てるように残して行った級友達が去ったのを気配で確認してから、わたしは顔を上げた。
……こ、怖かったよぉおおぉおおお!!
最近、こんなことばっかりだ。
登校時に絡まれ、上靴を隠され、休み時間に呼び出され、掃除時間に水を掛けられ、下校時に絡まれ……あれ、もしかしてわたしイジメられてる?
争いに巻き込まれることを恐れたクラスメイト達はお昼ごはんすら一緒に食べてくれなくなったから、愚痴を吐く相手も居ない。
……どうしてこんなことに。
くっそ、あのホモ野郎、くっそ!
そんな風に思いながらも、放課後に長距離走の練習をしているわたしはなんて出来た人間なんでしょうか。
制服の下に体操着のズボンを履いただけの格好でグルグルと運動場のトラックを走り続けながら思う。
このリコール戦が終わって、式典が終わったら正式に別れてもらおうって。
ま、付き合ったつもりはないんですがね。