短編小説2

□ペンギン学園2
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そうこうしているうちに日が傾き始め、本日のノルマを終えたわたしは汗を拭いながら校門へと足を進めた。

そんなわたしの目に止まった、真っ赤なスポーツカー。

そのドアが開き、中から出て来たのはわたしの彼氏(仮)であり、この汗を流す理由を作った、かの邪智暴虐の王である。

文句の一つでも言ってやろうと足を進めたわたしだったけれど、次の瞬間、無意識にその足を止めていた。

真っ赤なスポーツカーから出て来たわたしの彼氏(仮)と、運転席のキレイなおねいさん。

「ねぇ、翔。待ってようか?」
「いーよ、どれくらい時間かかるか分かんないし」
「次はいつ会える?」
「呼んでくれたらいつでも」
「じゃあ明後日」
「了解。また迎えに来て」

……なに、あんた年上が趣味なわけ?

なんでかは分からないけれど、酷く胸が痛んでいる。
なにこれ。すごい痛い。

べつに綾部くんを好きなわけじゃないし、ほんとにホモじゃなかったことにショックを受けてるわけじゃない。

ほんとなにこれ。

やるせない。

泣いちゃいそう。

そうして訳の分からない感情に支配されたままのわたしは、キレイなおねいさんが運転する真っ赤なスポーツカーに背を向けてこちらに歩いてくる綾部くんと目が合っても逃げることすら出来ず、彼のごまかすような笑顔を見た瞬間。

彼のお腹に蹴りを入れていた。

「げっ、ほ……ッ!」

ぁ、やべ、平手打ちとかのが可愛かったかも、なんて思ったのは0.2秒くらいで、次の瞬間にはよろめいた彼を背負って投げつけてる自分に驚く。

「ッだ、かはッ、……っ、なに、」
「…………っ、く、ひくっ」
「な、なに……?泣いてんの……?」

目の前には、痛みに顔を歪めながらも目を見開く綾部くんのキレイな顔。

仰向けに倒れ込む彼のほっぺたには、彼を投げた格好のまま覆いかぶさるわたしが流したらしい涙が伝う。

なにこれ。

わたし泣いてんの?

なに、これ。

胸が痛くてたまらない。

「馬鹿みたい、わたし……」
「ぇ…………?」
「あんたのために頑張って、こんな、ふうに……馬鹿みたい……、っ、」

綾部くんが勝手に決めちゃったんだから付き合わなきゃ仕方ない、なんて自分に言い聞かせてたことが恥ずかしい。
本当は、彼に年上の恋人が居たことにこんなにショックを受けてるのに。

そんな自分が恥ずかしいから、それは言わないでおいた。

「今回は、走るよ……」
「千草ちゃん……?」
「ちゃんと走って、ちゃんとあなたを助けてあげる」

だけど。

「式典終わったら、もう別れて」

学校での平穏だけのための彼女なんて、耐えられそうにないから。

「千草ちゃ、」
「明後日も、来なくて良いから」

リコール戦の日だけど。
あの人に会って来たら良いよ。

だから。

「もう、付き纏わないで」



◇◇◇



時は流れて二日後のことである。

休日だというのに全校女子生徒の集まった学校は大盛り上がりで、わたしは自らの通う学校の異様さを再確認させられた。

なんじゃこりゃ。

まじもんのマラソン大会のテンションじゃないか。

体操着に身を包んだ女子生徒達は校門に集結し、今か今かとスタートの合図を待っている。
これだけの少女達がみんなして綾部くんを狙っているのだと思うと、凄いを通り越して笑えて来た。

馬鹿だなぁ、みんな。

当の綾部くんは今頃年上美人と真っ赤なスポーツカーでランデブーだってのに。

来ないと分かっているのにさっきからずっと周りを気にしてしまう自分に笑っちゃうわよ、ははは。

「それでは!春の式典、綾部翔くんのリコール戦を始めます!いちについてー、よーい、どん!!」

やる気があるんだか無いんだかよく分からない生徒会長の掛け声と共に、校門に集結していた女子生徒のかたまりが校外へと溢れ出した。

こういうノリは嫌いじゃない。

ヌーの大移動みたいで興奮するわ。

周りの人間とぶつからないように気をつけながら、わたしは自分のペースで風を切る。
距離は6キロ。
まぁ、それなりに練習した成果もあって、良いレースを出来ていると思う。

ただ一つ厄介なのは、コースを事前に知ることが出来ないこと。

たまに道に立っている生徒会の役員の指示や看板だけが目印っていう不安要素が、若干のペースの乱れに繋がった。

「っ、はぁ、……っは、はぁ、」

ぁ、やばい。ちょっとしんどい。

今がどの地点かも分からないまま走るのはなかなかにしんどくて、わたしは痛む心臓を押さえながら、それでも足を止めることはしない。

ごめん、さっき「みんな馬鹿だなぁ」って言ったけど、わたしが一番馬鹿だわ。

あいつに彼女が居るのも知ってて、利用されてるのも知ってて、今頃彼女とイチャついてることも知ってるのに。
なのに、一生懸命走ってる。

馬鹿なメロス。

セリヌンティウスはあんたのことなんて保険くらいにしか思ってないのに、それでも川を越え、山を越え、満身創痍で走り続ける。

……ごめん、だいぶ内容書き換えたな。

とりあえず、もう5キロ以上は走っていると思うんですよね。
前後に走ってる子も少なくなってきたし、それはつまり諦めた子が出てるってことだろうし。

でもまずいな。

前に3人ちょっと居る。

けど、わたしはもうこれ以上スピードを上げられそうにない。

そんなわたしの目に入って来た、この先500mゴール地点、の看板を持っている生徒会役員。

あー……ごめん、綾部くん。

あと500mで3人抜きは無理だわ。
ほんとごめん。
真っ赤なスポーツカーのおねいさんのことを根に持ってないって言ったら嘘だけど、それはそれ、これはこれで、ちゃんと頑張ったつもりだったんだけど。

大人しく肉食系女子の餌食になってね、綾部くん。

そんなことを思いながら、看板の指す方向へと走って行く前方の女子を見届けつつ、わたしもそれについて行こうとした。

が、わたしはそれを阻まれた。

「キミはこっち」
「…………っ、んぅ!?」

この先500mゴール地点、の看板を持つ生徒会役員の横を通り過ぎようとしたら、生徒会役員にいきなり口を押さえられて近くの草むらに連れ込まれた。

ちょっ、あんたなに!?

あの肉食系女子の回し者!?

離してよ!!
いくら望み薄だからって、わたしはここで諦めるわけにはいかないの!!

暴れるわたしに手を焼く生徒会役員……って、あれ、なんか見たことある顔ですね、あなた。
両方の目の下にほくろ……って。

「騒ぐな馬鹿!俺だよ!」
「綾部くん!?」
「でかい声出さない!!」

しーっ、と言われて口をつぐめば、また一人、綾部くんの置いて来た看板が指し示す方向へと走って行く少女の足音が聞こえる。

「って、わたし行かなきゃ!!」
「まぁ、そう焦らなくても」
「今また一人行っちゃったじゃない!!あなたが引き止めるからっ!!誰のために走ってると思ってんの!?」
「ちょっとは頭使ってよ?なんのために俺がこんなとこで看板持ってると思ってんのさ、キミは」
「はあ?」
「あの看板、ダミーだから」

ほんとのゴールはこっち。
そう言って綾部くんは、看板の指す方向とは真逆の方向を指差して笑う。

……なに、それ。

なんだか一気に体から力が抜けて、わたしはペタンと地面に座り込んでしまった。
そんなわたしの額に浮かんだ汗を拭うようにタオルを押し付けてくれながら、綾部くんはらしくもなく視線を落としたまま話しだす。

「ごめんね、なんか」

……なにが。

「いじめられてたのとか、知らなくて」
「いじめられるの分かってて付き合おうって言ったくせに」
「そんな酷いことになると思わなかった」
「あっそ」
「うん」

…………て言うかさ、良いの?

「なにがですか、千草ちゃん」
「真っ赤なスポーツカーのおねいさん。今日会う予定だったんじゃないの」
「……まぁね、あのひとには社会勉強をですね、させていただいて……、」
「ふーん」
「……いや、あの……別れて、来ましたので、その、」
「なに」
「…………ボクと、その……正式に付き合って、いただけないでしょうか?」

…………なんじゃそりゃ。

「なんのためにわたしが必死こいて走ってると思ってるんですか」

とりあえず。

「ゴール、あっちなのよね?」

このマラソン大会が終わったら白黒ハッキリ付けましょうよ。
ペンギンの赤ちゃんみたいにってか。

上手く言ったつもりですか。

首洗って待ってなさい、セリヌンティウス。





















完.
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