短編小説2
□ペンギン学園
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その光景を見た瞬間、到底わたしには無理だと思った。
『ペンギン学園』
「あんたさ、ひとのオトコ取って恥ずかしくないわけ?」
「はぁ?それはこっちの台詞だし」
「ちょっと!!サトコとかいう女どいつ!?」
「べつにー?て言うか寝取られるあんたの方が恥ずかしいんじゃないのぉ?」
目の前には、おんな、女、オンナ。
女の子だらけの教室のなかで、わたしは机に座ってじっと体を縮めていた。
「ちょっとあとでツラ貸しなさいよ」
「やっだぁ、こっわぁい!そんなだからフラれるんじゃありませぇん?」
「なんですってッ!?」
教室のなかには、さっきから言い争っている女子生徒が34人。
そして、それを黙って見守っている男子生徒が6人。
……うちの学校は、圧倒的に男子が少ない。
元々が女子校だというのがその大きな理由だけれど、わたしにはそれだけが理由だとはとても思えないのです。
「もう一回言ってみなさいよ!?」
「て言うか、寝取られるそっちに問題があると思うんだけど」
取る、取られる、寝取られる。
とても女子高生が使うために用意されたとは思えない言葉の数々にめまいを起こして、わたしは机へと突っ伏した。
うちの学校は男子生徒の数が圧倒的に少なくて、そのせいで女子生徒達はまるで飢えたハイエナのように男子生徒を奪い合う。
そしてその争いは春先にデッドヒートを向かえ、最終的にはどつき合いの喧嘩へと発展するのである。
そんな肉食系女子に逆らってはいけないと本能で知っているのか、男子生徒はまるで小鹿のようにぷるぷるしながらその様を見つめているだけ。
……世の中、なんか間違ってる。
かく言うわたしはそんな争いには参加せず、こうして机に突っ伏しているわけだけれど。
「こっち来なさいよ!」
「タカシ君、ちょっと待っててねー」
そろそろキャットファイトが始まるらしいですよ、皆さん。
わたしは女子同士の殴り合いを見て興奮するタイプの人間ではないので退散することにします。
いよいよキナ臭くなって来た教室の空気から逃れるように、わたしは椅子から立ち上がり、教室をあとにする。
行き先はいつもの図書室。
うちの教室から近いそのプレハブハウスへはものの3分で到着し、わたしは若干建て付けの悪いドアを開けた。
普段から図書室にはあまり人が居ない。
男の子取り合うヒマがあるなら本の一冊でも読めば良いのに、なんて思いながらいつものファンタジーコーナーへと足を進めていたら、むぎゅ、と足になにか違和感。
「ん?」
なんか踏んだ?
視線を落とせば、図書室のきったない床に寝転ぶ我が学園の男子生徒。
その顔面を完全に踏み込んでるわたしのきったない上靴。
「……ほんとごめん」
「とりあえず先に足どけてよ」
靴の下から聞こえたくぐもった声に従い足を上げれば、少し赤くなった綺麗なカオがお目見えした。
ああ、こりゃ春は大忙しなタイプだな。
「上靴で顔面踏まれたの初めてだわ」
「あぁ、だいじょぶだいじょぶ。わたし、トイレ流す時はちゃんと手でハンドル押すタイプだから」
「トイレには行くんだね」
まぁ良いけど。
そう言って目の前の少年は大きな欠伸をしつつ体を伸ばす。
「寝てたの?」
「んー?あー、うん、なんか春ってあれじゃん、式典のペアかなんか決めるので女子が殴り合いするじゃん?」
「うちはさっき始まったとこだよ」
「まじか。あれ怖えーから逃げて来た。ペンギンかっつーね」
「なにそれ」
「知らん?ペンギンってオスを争ってメスが殴り合いすんじゃん」
へー、知らなかった。
と言うか、よくよく見てみたら、わたしが顔面を踏み付けた少年は隣のクラスの綾部くんじゃないか。
彼は有名だからよく知ってる。
「ねえ、ほも……違った、あのさ、ホモ……違う違う、えーと、ホモサピエンスについてどう思う?」
「お前ごまかすの下手過ぎんだろ」
隣のクラスの、綾部翔くん。
彼はこの、ほぼ女子校であるうちの学校でホモセクシャルを突き通す勇者である。
「て言うかホモ違うし」
「ぇ、うそ。前にホモって公言してたじゃない?」
「そう言っときゃ意味の分からん争いに巻き込まれずに済むし」
「体育倉庫で柔道部の関口くんと凸と凸でガチンコしてたって聞いたんだけど」
「俺のクララちゃんはそんなことしません」
「クララってなに」
「お前も下半身に名前付けてるだろ」
「残念ながら付けてないです」
よく分からないけど、どうやら綾部くんはホモシェクシャルでは無いらしい。
「でもそういう噂が流れるってのは逆に疑われてんだろうな」
「うちの女子はホモだろうが食っちまうようなオンナばっかりですよ」
「ほんと肉食系女子って怖いよな」
そう言って体を起こし、図書室の汚い床に三角座りした綾部少年はじっとわたしを見上げてくる。
……ぇ、なにその目。
なんか凄い嫌な予感するんですけど。
「キミ、名前は」
「あー……千草です」
「千草ちゃん、彼氏は居る?」
「あの争奪戦に加わる気も無かったですし、これからも無いです」
「ぁ、そう?それは良かった」
にっこり笑う綾部くん。
よく見たら両目の下にほくろがあった。
……赤ちゃんぺンギンに見えなくもない。
「付き合ってよ、千草ちゃん」
その言葉が『怖いメスから守ってね』に聞こえたけれど、それはたぶん間違っちゃいないと思いました、まる。
完.