短編小説2
□第3話
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「……少し無用心だね、シュガー」
突然かけられた声にスコーンを咀嚼する口を止めれば、目の前の船長さんは少しだけ困ったような笑顔を浮かべていた。
…………無用心?なにが?
言われた意味を理解出来ない私は、口の中のスコーンを紅茶で押し流しながら、首をかしげて見せる。
て言うかスコーンうまい。
「もしその紅茶に毒が入っていたら?」
「え、毒入ってたんスか」
「そんなことするわけないよ」
「ですよね。美味しかったです」
そう言って笑う私に、船長さんは更に困った顔をした。
「キミは愛されて育ったんだね」
「ええ、長女ですから」
「その愛はキミをとても魅力的に育てた。だけど、世の中にはそんな人間を利用しようという悪い人間も居るんだよ、ハニー」
そうですね、船長さん。
ですけど。
「あなたはそうじゃないんですよね?」
そう、目の前で綺麗な金髪を揺らすその人を見上げながらもう半分のスコーンに歯を立てれば、さくりと良い音がした。
うん、アプリコットも美味しい。
「船長さん、私、犬っぽいってよく言われるんですよ」
「……私もよく言われるよ」
「わ、お仲間ですね。まぁ、妹はよく猫っぽいって言われてましてねぇ、」
まぁ、なんて言うか。
つまるところ、ですね。
「自分に向けられた愛情にはとても敏感なんですよ、私」
自分のことを好きな人、自分のことを嫌いな人、すぐにわかるんです。
すごいセンサー持ってるんですよ、私。
「そのセンサーが、あなたは悪い人じゃないって言ってます」
「……私達は海賊だよ」
「世の中にとっては悪い人かもしれませんね……でも、私にとっては悪い人じゃないはずなんですけど」
そうであって欲しい気持ちもあります。
それに。
「こんなに美味しいお菓子を作る人が悪い人なわけないですよ」
おかわり貰って良いですか。
そう言って笑った私に、船長さんは呆れたように……でもすごく嬉しそうに、わざとらしく溜め息を吐いて。
「完敗だよ」
そう言って、再び私のお皿にスコーンを乗せてくれた。
「今の言葉を聞いて、それでもまだ悪さしようなんて男は居ないだろうね」
「でしょうね」
「……計算あってのことかい?なかなか悪い子だね、ハニー」
「ハニーじゃなくてアーサーです」
さすがにそろそろ恥ずかしいわ。
そう思って、お行儀悪くスコーンにかぶり付きながらそう言えば、船長さんは一瞬その深い海色の目を瞬かせて。
そうして、にっこりと微笑んだ。
「私はミカエルだよ、アーサー」
「ほー……ミカエルさんですか……綺麗なお名前ですねぇ」
「ありがとう!しかし私のことは『ミカちゃん』と呼んで欲しい!!」
…………やっぱ変な人だわこの人。
そんなことを思いながらも、まるで女子会のようにきゃっきゃと会話をしているうちに時間は流れ。
ミカちゃんは、古いながらもものすごく綺麗な装飾のされた金の懐中時計をちらちらと気にするようになった。
「時間?なんか用事?大丈夫?」
「キミと過ごす時間以上に重要な用事なんてあるわけが無いよ」
ちなみに、そんなミカちゃんの恥ずかしい台詞にももう慣れました。
人間の環境適応能力って馬鹿に出来ない。
そして彼たっての希望で敬語も使いません。
「ただね、遅いなぁと思って」
「遅いってなにが?」
「ナイトだよ」
「……ナイト?なにそれ」
英語を勉強しないとー!
とか馬鹿みたいなこと言ってて思い出しました、私この世界の文字を勉強しないといけなかったんだ。
お城、帰らなきゃ。
そう思って、私は少し難しい顔をしているミカちゃんに向かって口を開いた。
「ねぇ、私、クロ……クル、クルルス……違うな、えっと、クロテッド……クロ、」
やっべ、国の名前なんだっけ。
「クレラ……クロ、カロ……カローラ、」
「クロノス王国?」
「そう!それ!!」
ナイスアシスト!
「私、クロノス王国っていう国に行かなきゃいけないんだけど、どっちに行ったら良いのかな!?」
「ここはクロノス王国の領海だよ」
「……そうなの?」
じゃあ案外近いのかもしれない。