短編小説4

□僕等のお仕事!
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「……櫻木先生」
「なんだい、井上くん」
「お願いですから……ちゃんと仕事してくださいよぉおおおぉおォッ!!」

そう叫び、膝から崩れ落ちた俺を見つめながら、その悪魔はにっこりと微笑んだ。

「うん、きみが仕事をしてくれたらね?」

ああ、なんで俺はこんな仕事を選んでしまったのだろうか。






















『僕等のお仕事!』






















「いや、先生……俺は仕事してるでしょう?こうやって原稿取りに来るのが仕事ですからね、俺達は」

そう、それが俺達“作家担当”の仕事だ。

昔から俺は推理小説が大好きで、小さい頃から将来の夢を聞かれるたびに「編集長!」と答えていたらしい。

今思えば嫌な子供だよな、編集者じゃなくて編集長な辺り。

だがしかし、俺は決して自分を“ビッグマウスな少年”で終わらせはしなかった。

そりゃもう努力したさ!

某有名出版社に就職する、それだけを目指して高校も大学も勉強ばっかやってた。
いやウソ、結構女の子とも遊んでたけど、それでも自分なりに頑張ってた。

そうして。

この就職難のご時世に、俺はやり遂げたのだ。

某有名出版社の、編集部に。

正社員として。

就職出来たのである!

今思えばここまでは順調だった。
ほんと、俺の人生バラ色!なんつって毎日シャンパン開けてた。

数ヶ月後、ちょっと違ったバラ色に染まることも知らずにな。

そう、俺は。

夢であった出版社に就職し。
夢であった編集部に配属され。

なぜか、BL小説家の担当にされたのだ。

…………え?ちょっと待って、え?ちょっと待ってください、整理させて?
当時の俺は確かそんなことを言ったはずだ。

そりゃまぁ、しょっぱなから浅倉冬彦とか西島光雄とか、そんな有名小説家の担当させてもらえるなんて甘い考えは持ってなかったですよ?

でも、BL小説て。

んなもん読んだこともねぇよ!と。

この就職難のご時世、声を大にして言えるわけもなく。
俺は涙を堪えながら、黙って頷くしかなかったのである。

それが悲劇の始まりだった。

「ほんと、仕事しろよ櫻木……」
「櫻木“先生”でしょ、井上くん?」

そう、そうして会わされた櫻木先生こと櫻木凜也は、今もこうして俺の前で微笑んでいる。

こいつの担当を始めて、早3年。

夢を叶えたはずの俺の人生は、めちゃくちゃになっていた。

全てはこの男、櫻木凜也のせいで。

櫻木凜也。

BL業界では珍しい、男性作家。

健全な道を歩んできた俺は知らなかったが、BL好きのお嬢さん方の中では、こいつの名を知らぬ人は居ない、というくらいの有名作家らしい。

まぁそれは、担当して初めての単行本出版の時にイヤでも理解した。

初版が小説と思えない部数だったからな。

人気の理由は描写のリアルさだと言われているが、俺は櫻木のルックスにもあると思っている。

180cm越えの身長と、長ぇ足。
その上、カオも小綺麗と来りゃあ、ツイッターのフォロワーがあの数なのも理解出来るさ。

バレンタインなんか、読者から小説のキャラにチョコレートが送られ来るのはまぁまだ分かるが、作者にも来るってどういうことなんだ。

意味分かんねぇ。

仕分けする俺らの身にもなってくれ。

複雑過ぎるわ。

…………なぁ、お嬢さん方よ。
きみ達がサイン会なんがでキャーキャー言ってる櫻木凜也はな、きみ達が思ってるような男じゃないんだよ。

「週刊誌に売ってやろうか……」
「不穏な独りごとを言うのはやめてくれないか、井上くん?」
「じゃあ仕事してください」
「うん、きみが仕事をしてくれたらね」

今日も今日とて、櫻木凜也は俺に「仕事をしろ」と言ってくる。
自分の仕事をほっぽらかしたまま。

いやいやいや、お前が仕事しろよ?

俺はお前が書いた原稿を取りに来るのが仕事なんだよ?

頼むから仕事させてくださいよ!!

「だって書けないんだもん」
「だもんじゃねぇよ、30手前にもなって」
「失礼だなぁ、僕まだ27歳なのにー」
「四捨五入したら30でしょ、ッ、……て、なに触ってんだよ!」

なにが起きたか。

あんまり考えたくないことだが、櫻木凜也がソファーに腰掛けた俺のケツを撫で回しているのである。

ここは、櫻木凜也の住むマンション。

駅近で、繁華街にもすぐ出られる立地の良い場所に建つ高層マンションの最上階。
俺には到底住むことの出来ない高級マンションのリビングは広々としているのに、家具は最低限のものしか置いてない。

テレビとテーブルと、2人掛けのソファー。

そこに座る、俺と櫻木凜也。

つまり。

…………逃げ道、なし。

「ちょっ、ちょちょ、ちょっと待て!」
「なに、いまさら恥ずかしがっちゃって。処女でもあるまいし」
「うるせえ誰のせいだと思ってんだ!!」
「あははー、僕?かな?」

そう……考えたくないことだが。

俺は、この男の担当になってから、男との性交渉という、ヘテロセクシャルの男なら生涯体験するはずのない体験をしてしまっている。

それも、一度や二度なんて数じゃなく。


 
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