短編小説4
□迷子の子猫
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「明日、私と一緒にテイラーの店に行くぞ。そろそろドレスを仕立てさせようとは思ってたんだ、調度良い」
「ど、ドレスなんてっ……わたしっ、」
「ソフィーから聞いてないか?パーティーの時期は忙しいぞ、パートナー代わりに来て貰うことになるからな」
そうと決まれば、寝坊するなよ。
そう言いながら幼いメイドの手からゴブレットをさらい、中身を煽る。
冷えたシードル。
その爽やかさと真逆の、アップルティーの緊張した面持ち。
普段は満面の笑みを花咲かせる幼い顔が固まっている様を見ていると、本人には悪いが笑ってしまう。
……ああ、案外子供も悪くないもんだ。
◇◇◇
翌日。
予約の時間きっかりに、私とアップルティーはテイラーの店に来ていた。
「んまあ!可愛いお嬢さんだこと!」
「相変わらず気持ち悪いな、ムッシュー・フランソワ。元気そうで何よりだ」
「あんたこそ相変わらずの仏頂面ね、ローガン。ついに蒔きまくってる種が実を結んだのかしら?」
「馬鹿なことを言わないでくれないか。こいつはただのメイドだよ」
「そうでしょうね、あんたの娘にしちゃ可愛すぎるわ」
そんな失礼な物言いをする男……フランソワ・テイラーは、相変わらずの奇抜な服を纏った体をくねらせて歩く。
やめてやれ、アップルティーが怖がってるだろう。
店に入ってからずっと、アップルティーはまるで初めて私に会った時のように足と体を震わせていた。
もう、哀れみの情が浮かぶほどに。
ああ、さっさと終わらせてやらなければ。
「この子に合うドレスが欲しい」
「んー……Aライン?」
「まさか。エプロンドレスでも構わないくらいだ」
「社交界に出るならエプロンはダメね」
「ああ、その辺りは任せる」
「色は?」
「白だな。赤のリボンをあしらって……首元は開けるな」
「もちろんよ。安い色気は要らないわ」
「帽子と傘も揃いの物を。下着はよく分からん。任せる」
「靴は?」
「細身の編み上げを。安い革は使うなよ、色はキャメルだ」
「まだ成長期でしょう?間に合わせでも良いんじゃないかしら?」
「いや、初めてのドレスだからな」
良い記憶を残してやりたい。
言葉にはしなかったが、無意識にアップルティーを見つめていたらしい。
アップルティーが不思議そうな顔で私を見上げている。
「頼んだぞ、テイラー」
「もちろんよ。おっさんのスーツ作るより何百倍も楽しいわ」
「…………」
本当に、この男は。
だが、腕だけは確かなのだから仕方ない。
「採寸するな?」
「ええ。男子禁制よ。ここからが天国、そっちが地獄。入って来ないでちょうだい」
「えっ!?え、あの……っ、ろ、ローガン様っ!?あの、わたし……!」
「ほら、可愛いメイドさん、こっちよ」
「ローガン様ぁああ!」
得体の知れないバケモノ……いや、初めての仕立て屋に怯えているのだろう。
採寸用の小部屋に引きずられて行きながら、アップルティーは助けを求めるように私の名を叫ぶ。
可哀相だが……これは乗り越えるべき道だ、アップルティー。
「大丈夫だ、アップルティー。そのバケモノは腕だけは確かだ」
「失礼ね!あんたのシャツ、ぴっちぴちにしてやるわよ!?」
「いやぁああ、ローガン様ぁああ!」
テイラーは男か女かよく分からない生き物だが、さすがに力は男だったらしい。
力ずくで採寸室のカーテンの向こうに抱えて行かれたアップルティーの、悲しげに鼻を鳴らす音がしばらく響いていた。
そうして。
約、十数分後。
つやつやと肌と瞳を煌めかせるテイラーと、疲れきった表情を浮かべるアップルティーが、採寸室から出て来た。
「あんな所からこんな所まで計らせて貰ったわよ!」
「……ペドフェリアか?」
「まさか、あんたじゃあるまいし」
「私は違う」
「分かってるわよ」
冗談よ、なによ本気になっちゃって。
そう言って笑うテイラーに、イヤな男だな、とそいつが一番イヤがる言葉をかけてから、今度は私が採寸室に向かう。
「あの!ローガン様!」
そんな私を引き止めた声。
高いのに耳に心地良い、鈴のようなそれに振り返れば、よれよれになったアップルティーが店のドアを指差し、口を開いた。
「少し疲れてしまったので……外の空気を吸って来ても良いでしょうか?」
「……ああ、それは構わないが」
「ありがとうございます」
そう言って、私に背を向ける小さな体。
背中。小さな背中、だ。
細い肩をした、大事な女性。
『僕の手を離さないで』
『どこにも、行かないで』
その後ろ姿に、ゾッ、と全身の血が冷たくなるのを感じた瞬間。
私は、その背中を引き止めていた。
「アップルティー!」
「……はい?」
くるりと振り向く少女。
不思議そうに……、それでもどこか、なぜか、嬉しそうに。
やわらかに微笑む少女の笑顔。
そんなあたたかさに、凍り付いた心臓が溶かされていくのを感じる。
ホッと息を吐いて、私は再び少女へと声をかけた。
「……あんまり、遠くに行かないようにな。道に迷うといけない」
「はい。かしこまりました」
そうして、少女が店から出て行くのを見送ってから。
私は採寸室へと足を踏み入れた。