短編小説4

□be with you
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女はみんな汚いと思っていた。

擦り寄って来るメイド達も。
名ばかりを求める貴族達も。

あの人も。

女はみんな汚いと。

だから。

愛していると囁いて、愛しているふりをして、触れて、暴いて、捨ててやるんだ。
傷付けられるだけ傷付けて、ぼろぼろにして。

私があの人にそうされたように。

……本当に汚いのは、誰だ。



























『be with you』
























「こんばんは、ムッシュー」

おどけたような声に振り返れば、はち切れんばかりのバストを下品に晒す派手なドレスを纏った女が、口紅でてらてらと光る唇を歪めて笑っていた。

その目元は、今晩の舞踏会らしく、蝶を模した仮面で覆われている。

「お一人かしら?」
「いいや、連れが居る」
「あら、残念だわ」

そう言うものの、女の声は決して残念がってなどいないように思えた。

当たり前か。
これだけの人間が集まるパーティーだ、身なりの良い人間に片っ端から声を掛けて回っているのだろう。

私などその一人に過ぎない。

「……ローガン様」

ずいぶんと下の方から聞こえた声。
屋敷に居る時とは比べものにならないくらい弱々しいそれに視線を落とせば、リボンをふんだんに使ったドレスを纏い、初めての仮面に戸惑うアップルティーが私を見上げていた。

自分も仮面を付けているせいでよく見えないが、その口元は今にも泣き出しそうに歪んでいる。

「すいません、わたしが居るせいで……。先ほどのご婦人、ローガン様にお話があったんじゃ……?」
「ああ、いいんだ。そのためにお前を連れてきたんだ」
「…………?」

今夜は仮面舞踏会。

身分も立場も関係なく、全てのしがらみを取り払う夜、……なんて。
ただの乱交パーティーに偉そうな建前をつけたもんだ。

「なぜ皆さま仮面をお召しになってらっしゃるんですか?」
「顔を隠すためだ。今夜ばかりは爵位も公務も関係なく楽しもう、というコンセプトなんだよ」
「……わたし、ローガン様のお顔、分かりますよ?」
「ああ、顔なんか隠してるフリをするだけだからな。本当はみんな誰かなんて分かってるさ」

狭い世界だからな、こいつらが生きている世界は。
自分を棚に上げた発言は胸にしまいつつ、アップルティーを見下ろす。

アップルティーが私のメイドとして働き始めて、約一年。

初めはパーティーに戸惑うばかりだった少女も、最近では立派にソフィーの代役を務めるようになっていた。

しかし。

こういった貴族の特殊な趣向にはまだ慣れていないらしい。

少女は長いスカートに足を取られそうになりながら、周りをキョロキョロと見渡していた。

「アップルティー、あまりキョロキョロするな」
「は、はい!すいません!」
「私とはぐれないように」

羽の付いた仮面から覗く澄んだ瞳に、ふっくらとした桃色の頬。
紅茶色のふわふわの猫っ毛。
エプロンドレスに毛が生えた程度のドレスを纏う、隠しきれない幼児体型。

貴族の巣窟に一人で放つには、アップルティーは危なっかしすぎる。

ペドフェリアの気がある貴族達にとっては、大金を叩いてでも欲しいお稚児だろう。

「……でも、ローガン様」
「なんだ」
「先ほどのご婦人といい、やっぱり皆さまローガン様を気になさってます……大事なご用があるのでは……?わたし、お邪魔じゃないですか?」

私に用事というより、私の苗字と下半身に用事があるんじゃないかな。

……なんて、幼い少女に言えるわけもなく。

「良いんだよ」
「でも……」
「私ももう前線に出るような年齢じゃないんでね。断れるところは断ることにしてるんだ」
「はあ、なるほど……」

そう言いながらも、アップルティーは不思議そうに首をかしげている。

その純粋な姿に、断る口実が必要だったとはいえ、それでもこんな下品な場にアップルティーを連れて来るんじゃなかったと、そう私が後悔し始めた頃。

「ご機嫌いかがかしら、ムッシュー」

その女は、私に声を掛けて来た。

「ああ、今日は良い夜だ」
「奇遇ですわね、わたくしもそう思っておりましたの」

そう言って微笑むのは、ハニーブロンドを綺麗に巻き上げた若い女だった。
張りのある健康的な肌、コルセットで締め上げた細い腰、上質な香水。

派手な扇子で口元を覆う女は、高い爵位を持っているように思える。

……なんでまた、私なんかに声をかけるんだ。
爵位が目当てでないのなら、若い男がいくらでも居るだろうに。

「……あら?そのお嬢さんはムッシューのプティ・ミレディなのかしら?」

黙りこくっている私に焦れるでもなく、女は私の後ろで隠れるようにして佇むアップルティーに目をやる。

その碧の瞳に、明らかな優越感を浮かべて。

「いや、こいつはただの付き人だ」
「あら、そうでしたの?ずいぶん大事になさってるように見えましたわ」
「……お嬢さん、私になにか用事じゃなかったのか?」

ニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべる女。
そんな視線にアップルティーを晒しておくことに吐き気がする。

女の視線を遮るようにアップルティーの前に立てば、女はその小さな唇で「ふふ」と小さく笑って見せた。


 
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