短編小説4
□酒と女と時々オカマ
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彼女が詐欺にあった。
正直、彼女はあんまり頭の良いタイプではなかったけれど、ふわふわした雰囲気が好きだった。
出会いは合コンで、付き合って1年半。
俺も彼女も、給料はそんなに良くないけど正社員として働いていた。
俺は、彼女との結婚も考えてたのに。
「お金、取られちゃった……」
「なっ……お前、大丈夫だったのか!?空き巣か!?他に盗られたもんは!?」
「違うの……空き巣じゃないの」
「…………?」
「結婚しようって……翔くんそう言ってくれてたのに……渡してた結婚資金持って、どっか行っちゃった」
「…………」
開いた口が塞がらなかったね。
つまり彼女は、結婚詐欺にあったのだ。
俺という彼氏が居たにも関わらず、顔が格好良くて背が高くて優しい“翔くん”とやらとも関係があったらしい。
「どれくらい前から……?」
「1年、くらい……かなぁ?」
「俺とそう変わんねぇじゃねぇか……」
びっくりしたね。
自分から浮気の申請をしてくる彼女の、その図太さに。
そして。
「翔くんね、お金返して欲しかったら会いに来いって……」
「……やめとけよ、危ねぇぞ」
「うん。前に一回それで変な撮影させられたから、もう行かない」
「…………」
「だからね、綾人くん、」
私の代わりに行ってくれない?
図々しくも、そんなことを言ってのけやがった頭の弱さに。
……だけど。
「ねぇ、お願い」
「…………」
「おねがい、あやとくん」
そう、舌ったらずな声で俺を呼ぶ彼女の声に、俺はどうしても弱いのだ。
「……お前とは別れるからな」
「あ、うん、それは良いよ、べつに」
「…………」
世の中、やっぱり正直者が馬鹿を見るんだ。
『酒と女と時々オカマ』
「この辺り……だよな……?」
元・彼女から渡されたメモには、見ただけではどこか分からない住所と、雑な地図だけが書かれていた。
その男の連絡先は?
そう聞いた俺に、彼女は相変わらずのふわふわした笑顔を浮かべるばかりで。
俺はその“翔くん”とやらに会うため、休日の昼過ぎから、繁華街の一角へと赴いていた。
人だらけの駅に降り立ち。
人だらけの街を歩き。
地図を頼りに行き着いたのは、安っぽいコーヒーチェーン店だった。
てっきり、もっと怪しい店に呼び出されると思っていた俺は、中高生やバスに無料で乗れそうな老人のひしめき合うその店のポップさに戸惑っていた。
「……ここ、だよな」
地図を何度見ても、ここだ。
路地裏なんかに怪しい店は無いもんかと見渡してみたが、そんなもんありゃしねぇ。
……こんなことなら、もっとパーカーとかで来れば良かったかも。
ナメられないようにとキッチリ着込んで来たジャケットや革靴があまりにもその店に不釣り合いで、入って良いものかと躊躇ってしまう……が。
入らなきゃ終わらねぇし、こんな尻拭い、さっさと終わらせてしまいたい。
俺は大きく溜め息をついてから、ポップな店の自動ドアを抜けた。
「いらっしゃいませー!」
そう声を掛けるものの、店員が「何名様ですか?」というお決まりの台詞を言いに来る気配は無い。
どうやらセルフサービスのようだ。
初めて入ったこのチェーン店に戸惑いつつも、俺はゆっくりと客席へと足を向けた。
その足は、なんとなく喫煙席へ。
あんなふわふわした女を騙すようなゲス野郎なんだ。
きっと馬鹿みたいに煙草を吸う男に決まってる、なんて偏見を持って。
……だけど。
俺の偏見は、見事にビンゴした。
「……あんたが“翔くん”?」
その男を見た瞬間、迷いなんてなかった。
テーブルに置かれたマルボロ。
既に何本か押し消された煙草の吸い殻。
嫉妬する気すら起きないほど綺麗な顔をしたその男は、言葉では言い表せないほどに強烈なオーラと色気を持っていた。
……はは、こりゃ騙されるわ。
「あんたが“翔くん”だよな?」
「……ちょっと、」
「座らしてもらうな。俺、牧原ユイに頼まれて来たんだけど」
「…………」
嫌そうに眉を潜めた“翔くん”を無視して、椅子に座って向かい合う。
ワックスで完璧にセットされた短い黒髪、まるで女のように綺麗に並んだ睫毛に縁取られた目はどこか灰色かがっている。
首元が大きく開いたシャツはシンプルなのに、どこか色っぽい。
でも、細くて女みたいに綺麗ってわけでもない、清潔感のある男臭さ。
……ほんと、こんなイケメン、雑誌でしか見たことねぇよ。
「なんも言わねぇの?」
「…………」
「それとも牧原ユイって女のことなんて忘れた?あんたが騙した頭の弱い女だよ」
「……ちょっと、」
「あんたみたいな男前からしたら、ただの女の一人かもしんねぇがッ、」
「ちょっと待ってよ!いきなりそんなこと言われても分かんないわよ!」
………………んん?
今の低くて良い声はあなたの声ですか“翔くん”さん……?