短編小説4

□第8話
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「……ご立派です」

つむじへと振って来た、朧気な声。
どこかすっとぼけた響きを持った品のある声は、アデルさんのもので。

らしくないそれに首をかしげれば、アデルさんは眼鏡の奥の瞳を少しだけ緩めた。

そこに、さっきまでの不快感は見当たらない。

「口先だけの人間ではないようで安心しました」
「今まで私の何を見てたってんですか!激おこぷんぷん丸ですよ!」
「そういう頭の弱い発言さえ控えてくだされば申し分ないのですがね」
「……サーセン」

とにかく、と。
アデルさんはその真っ白なローブを翻して、なぜかさっきから頬を染めているリー君を振り返った。

「リヒャルト」
「ひゃっ、あっ」

なんじゃその声は。

「リー君、大丈夫?おしっこ?トイレならここから970m先を左だよ?」
「えっ、ち、ちがいますよおっ」
「アーサー様、お黙りなさい。リヒャルト、試運転は必要ですね?」
「う、うん、そうだね……いざという時のことを考えるとね。僕はまだ良いけど……アーサー様の踏ん切りが付くかってのもあるし」
「私の踏ん切り?」

私、なにか踏ん切らなきゃいけないの?

そう尋ねようとしたけれど、アデルさんはまるでそれを阻むかのように私とリー君の間に立ち塞がった。

「と、言うことですので。とりあえず一度だけお帰りください、アーサー様」
「ねぇ、踏ん切りって、」
「国のことはお任せください」

そう言ってアデルさんは久々に、例の……恐怖すら感じさせる、あの笑顔を浮かべる。

今日もにこにこ素敵な笑顔!

そしてそんな鬼畜眼鏡に押し切られるように、私は地球へ帰る準備をさせられた。
具体的に言えば、こっちに来た時に着てた服……つまり、制服に着替えさせられて、髪型も元通りに。

「移動に馬が必要になりますから、ランスロットを呼びます」と、アデルさんに呼び出された銀河美少年ロットちゃんは明らかに不機嫌だったけど気にしない。

「そんな顔しないでよロットちゃん!ほら、向こうできなこ棒とかりんとう買って帰って来てあげるからさ」
「なんか汚そうな名前だな」
「鋭いね、ロットちゃん。この世で最もうんこに近いお菓子だよ」
「お前二度と帰ってくんな」

そんなこんなで私はロットちゃんとタンデム……本来『タンデム』は二頭立ての馬車のことらしいけど、ここでは自転車タンデムの意味を引用……文化の違いって怖いねポニョ!
とにかく、タンデムして!

なぜか、切り立った崖に連れて来られたんですけどどういうことですか?

「崖の上の……ポニョは……伏線だったの、か……」
「何をもごもごとおっしゃってるんですか。話す時は顎を引き、はっきり口を開くようにと言ったでしょう」
「私なんで崖の上で叱られてんだろ!とっても理不尽!」

もごもご云々の前に、なんで何の通達も無いままこんな2時間ドラマもびっくりな崖に連れて来られたのか説明していただけませんか!?

誰か!船越英一郎を呼べえい!

そして、そんなプチパニックを引き起こす私の心境など無視して、ローブのまま馬に乗っていたお二方は。
アデルさんとリー君は、ひどく冷静な顔をして私へと口を開いたのだ。

「アーサー様」
「はい」
「先程申し上げました通り、橋送り……世界移動には、膨大な魔力とエネルギーが必要になります」
「はい」
「僕の魔力だけじゃ足りないんですぅ」
「ほう」
「正確に言えば、リヒャルトの魔力だけでも世界移動は可能です。しかし、エネルギー不足のせいで着地するはずであった場所から遠く離れる可能性がとても大きい。例えば、目的の国の裏側など」
「ブラジルの皆さん元気ですか状態になるわけですね、分かります」
「つまりですね、目的の場所により近く着地するには、より多くのエネルギーが必要になってくるわけです」

そういうことですので、アーサー様。

「ここから飛んでください」

………………。

…………。

……。

「はぁあああぁああァッ!?」

切り立った崖の上。
響き渡った声。

そしてその声は、実は私の物ではない。

誰の声かって?

そりゃもう某電気鼠ちゃんですよ。

「ふッ、ざけんなよアデル!てめえ頭沸いてんのか!?あぁ!?」
「仕方ないでしょう。体が受けた衝撃をエネルギーに変えて安定を図る、そうする他に方法が無いんですから」
「ハア!?意味分かんねえよ!」

私?私はね、耳にバナナが詰まってたみたいで何も聞こえないよ!

「何も聞こえない……何も聞かせてくれない……僕の身体が昔より……大人になったからなのか……思春期にィ!少年からあ!大人に変わるう!」
「やめろ!亜朝!落ち着け!」
「本当の幸せ教えてよぉおおお!壊れかけのRadioぉおおおお!」
「なんだその悲壮感漂う歌!」

そしてそんな、ヒデアキ・トクナガ以上の悲壮感を乗せた私の声が崖の上の風の音に掻き消されたのと、やけに冷静なリー君の声が響いたのは、ほぼ同時のことだった。

「申し訳ありません……僕の魔力が足りないばかりに……」
「……でも、リー君はクロノス王国で一番の魔法使いなんでしょう?」
「……表向きは、そうなってます」

じゃあ、仕方ないんだよね、きっと。


 
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