短編小説4

□魔女の遺言
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「はあッ、はッ、はぁッ、はあッ」

どれくらい、走っているのか。

何時間?何里?

どれくらい、あの街から離れられたのか。

そのなにもかもが分からないまま、それでも私は走り続ける。

まだ、この足が動くから。

「ハアッ、はッ、はッ、はァッ!」

足が痛い。
頭が痛い。
肺が痛い。
喉が痛い。

息が苦しい。

体中が、痛い。

それでも。

この足がまだ動くのだから、私は東へ東へと走り続けるしかない。

人っ子一人居ない真っ暗な道を。

ただただ、東へと。

一度たりとも振り返らずに。
悲しみに軋む胸と、溢れ出る涙さえも無視したままに。

私は東へと、走り続ける。

「はッ、はあッ、ハッ、……きッ!」

がくん、と崩れ落ちた足元。
崩れた土と共にぐらりとよろめいた体を支えることが、何十時間も走り続けた足には出来なかったらしい。

重力に従って、私の体は下へと落ちる。

「…………ッ!」

声を上げることも出来ないままに。
私は数日前の雨によってもろくなっていたらしい小道から、ごろんごろんと転げ落ちた。

打ち付けた骨や頭が痛い。
擦りむき、切れた肌が痛い。

痛い。

怖い。

そうして、やっと体が止まったかと体を起こせば、そこには一面に広がる暗闇。
しかし、手の平に感じる柔らかい土と草の感触からして、ここはどうやら畑らしい。

もし、着地地点が畑でなかったら……と考えると寒気がした。

「……いッ、たッ!」

立ち上がろうと足を立てる……が。
その瞬間、全身に走り抜けた激痛に、私は思わず地面にうずくまった。

「ぐ、ぅ、うぅう……ッ!」

ずきんずきんと響く痛み。
涙が浮かぶほどのそれ。

うめき声を上げながら恐る恐る見つめた先は当然のように、真っ暗闇だったけれど、それでも。

この痛みからして、きっと。

きっと、足首は真紫に変色しているだろうし、下手をすれば骨すらも……。
だから、この足はもう動かないだろう、と。

私は荒い呼吸のまま、大きく息を吐いた。

……ああ、ここで。

ここで終わりだ。
私の足はもう動かない。

だから、もう。

「休んでも良いよね、おばあちゃん」

野犬に食われるだろうか。
夜盗に襲われるだろうか。

そんなこと、もうどうでも良かった。

体中が、痛くない所が無いほどに痛む。
息が苦しく、肺が痛く、喉は切り裂けんばかりで、酸素が少なくなった頭はまるでガンガンと内側から殴られているかのよう。

……もう、私は走れない。

だから、もう。

「ここで終わりにしても良いよね、……おばあちゃん」












『赤い靴』
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