短編小説4

□愛と悪戯
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突然ですが。

彼女が非常にご立腹である。

立腹。

つまり、とてもとても腹を立てている。
怒っている。

誰に?

……もちろん、俺に。






















『太陽の愛』






















それは、なんでもない日々の最中。

居着いた極東の地で、ひっそりと。
しかし、近辺の村とそう掛け離れることの無い小さな家で。

俺達は慎ましく暮らしていた。

俺が近辺の村人達を診て。
ヴェルも、こっそりと魔女のまじないを生かしながら。

二人で小さな畑の面倒をみて。

派手で無ければ楽でもない……しかし、長閑で満ち足りた生活だった。

テトを助けるために失った彼女の髪は、その細い肩を覆うほどに伸びて、ヴェルはそれを組み紐で簡単にまとめている。

出会った頃は女神かと見紛うほど輝いていた、金色の髪。

しかし、それが今は少しくすんで見えた。

陶器のように白かった肌もほんのりと太陽に焼け、白魚のようだった手には小さな傷が無数見られる。

楽ではない生活を象徴する、それら。

思えば、麦畑で倒れていた彼女は美しすぎたのだ。
輝く金髪を優雅に垂らし、上等の服をまとい、白い肌をした少女。

……普通に考えて、ただの町娘ではない。

そう思うと、やはり自分はちょっと考えが足りないのだなぁと、生まれ育った村で「もうちょいしっかりしいや」と言われ続けていたことを思い出し、無意識に口元が緩んだ。

……とまぁ、現実逃避をしている場合ではない。

彼女は怒っているのだ。

なぜ?

始まりは簡単なことだった。

俺はぼんやりと彼女を見つめていた。
往診から戻った俺に「ごはん作るね」と言って、竃に立った彼女の後ろ姿を。

くすんだ短い金髪。
簡素な服から覗く細い首。
少し日に焼けた……それでも白いその首筋と、小さな傷の目立つ細い指先。

優雅な魔女の孫ではなく、村医者の妻になったその人。

美しさで言えば、当然、出会った頃の輝くようなそれとは大きな差があると大衆は言うだろう。

でも、俺には。

少し苦しさの滲む、今の姿が。

それでも「幸せ」だと言って、そして本当に本当に、幸せそうに笑う彼女の方が、何倍も何倍も美しく見えた。

……なんて、そんなことを思うとたまらなくなって。

俺は「触んないで。邪魔」と睨みつけてくるヴェルを無視して、彼女の腰に腕を回してじゃれついた。

「邪魔だってば」
「んー」
「フェリクス」
「……ヴェル、耳赤い」
「ッ、うるさい!ばか!」

いや、はなれて、ばか、と。
悪態をつきながら耳を染める少女が愛しくて愛しくて、どうにかなりそうで。

たまらずに赤くなった耳を唇ではめば、素直に小さな声を上げる。

そうなるともう、頭に浮かぶのは夜、乱れる彼女の姿ばかりだ。
やわらかい腕で縋り付き、その時ばかりは俺を「好き」だと繰り返す彼女の姿。

……ああ、もう、どうしてこんなにも愛おしいのか。

「ちょっ、と、フェリクス」
「……なぁ、ヴェル、」
「だっ、だめだからね!?」

ごはん食べるんだから、と。
羞恥に小さく震えながらも、彼女はその碧色の目で睨みつけてくる。

しかし、その目は熱で潤んでいた。

……ああ、ほんまにもう。

たまらん。

あまりの愛おしさに目が眩む。
愛と欲が直結する自らの若さに、俺はこっそり苦笑いした。

……とまぁ、ここまでは良かったのだ。

「……なぁ、ヴェル」
「……な、によ、ばか」
「めっちゃ好き」

愛おしくて、愛おしくて。

頭が熱くなるほどのそれが。
まるで自分が自分でなくなったようで。

俺は素直に、熱を吐き出すように。

ぼそりと言ってしまったんだ。

「俺に、まじない使うた……?」
「ぇ……?」
「これ、魔女の力なん……?」

まるでまじないのようだと。
それくらいにきみに溺れているよ、と恥ずかしげもなく紡いだ睦言。

しかし。

一瞬呆然としたようなヴェルは。

西の魔女の孫であった魔女のヴェルネリは、見る見るうちにその表情を怒りのものへと変えたのである。

「……はな、して」
「え……?」
「離してって言ってるの!」

それまでのとろんとした表情が嘘だったかのようにそう叫んだヴェルに、今度は俺が呆然とする番だった。

え、なんなん……?
なんでそんな怒って……え?

ぽかんと口を開けているであろう俺の腕を叩いて、ヴェルは俺の体を押す。

その碧色の目は怒りに釣り上がり、俺を睨みつけたままに、ぼろ、と大きな涙をひとつぶ零した。

「……っ、ヴェル、」
「うるさい!」
「なあ、なんで泣いとん、」
「うるさいっ、ばか!きらい!」

そう、大きな声を上げて。
その大きな碧色の瞳から堰を切ったように大粒の涙を流しながら、ヴェルは奥の部屋へと消える。

ばん!と閉められた扉。

……それからずっと、ヴェルが口をきいてくれへんのですが。

「……なぁ、ヴェル、ほんまにごめん」
「…………」
「なぁ、ヴェル。頼むわ。なんで怒ってんのか教えたって?俺な、ほんまに分からんねん……堪忍な」
「…………」

扉の前で座り込み。
篭城を決めたらしいヴェルに、ひたすら話し掛ける。

しかし、聞こえてくるのは小さく鼻をすする音ばかりだ。

……ああ、また泣かしてしもた。

彼女を泣かさないために、彼女を幸せにするために、この地まで来たのに。

……結局は俺が泣かしてしもてるやん。


 
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