短編小説4
□すろぉらいふ
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そのひとと居る時だけ、私はとても緩やかな時間を生きる。
体をつつむ時間も。
繰り返す呼吸も。
交わす会話も。
全てが緩やかで、やわらかくて、やさしい色をしていて。
穏やかに微笑むそのひとと、同じ時間を生きることができる。
朝早く起きて、お散歩をして。
昼前にお買い物に行って、二人で台所に立って。
お昼寝をして、窓の外を眺めて。
軽く作った夕食を食べ終えてから、広いソファーで寄り添って、借りてきた映画のDVDを観て。
ゆっくりとワインなんか飲みながら、互いの呼吸を感じる。
派手な接触も、会話も無い。
それでも、愛されているということが分かる時間。
あなたはそういうものを感じさせてくれる。
「……ちせ」
とろけそうな声で、名前を呼ばれて。
視線を移せば、隣に座っていた年上の恋人が私を見つめていた。
穏やかな表情。
若者独特のぎらぎらとした雰囲気が一切無いその人は、何も言わずにゆっくりと私の額に口づける。
……ああ、したいのか。
普段はあまり軽々しい接触を望まないその人の行動に、なんとなくぼんやりとしたまま、そんなことを思う。
「……ちせ」
「ん」
恥ずかしい、という感情は芽生えない。
これが生き物としての本能なのだと、いつの間にかそういうふうに教え込まれたような気がしているからかもしれない。
「……もっと飲みます?」
「んん、もういい」
「よかった」
きみに触れたい、と。
耳に直接囁かれながら、渇いた指先で腕をなぞられて、グラスを優しく奪われる。
ぞく、と背中が震えた。
大きなテレビには、エンドロール。
それを横目で見ながら、ゆっくりゆっくり、私はソファーに横たえられる。
体に体重はかけられない。
派手な触れ方もしない。
年上の恋人はいつも、こちらが恥ずかしくなるほどに私を甘やかして。
愛されてないわけがない、と自惚れてしまうほどに愛おしげな目で私を溶かすのだ。
「今日は少し暑かったですね」
「うん……もうすぐ、夏だもん」
「今度の休みは海に行きましょうか」
「ん……海、行きたい」
そんな、何気ない会話を繰り返しながら。
年上の恋人は、その薄めの唇で私の指先に口づけ、手の甲に口づけ。
ゆっくりゆっくり、あますとこなく自分のものにしてしまう。
まだ、唇にキスすることはない。
服を脱がすことはしない。
頬を撫でて、いたずらに足を掠めて、時に首筋にやわらかく噛み付く。
それでも、その後にある快楽を知ってしまっている私の体は勝手に熱くなってしまう。
そうして、私は呼んでしまうのだ。
おじさん、と。
ぐずる寸前の赤ちゃんみたいな声で。
母親にミルクをねだるその声に、おじさんは……年上の恋人は、酷く緩んだ顔をして。
「しょうのない子」
「……ごめん、なさい」
「いいえ……可愛いですよ」
ゆっくりと、私にキスをした。
やわらかく唇を押し付けながら。
舌を入れることはせず、それでもすぐに離れていくこともなく。
唇をはまれて、ぞくぞくと背中が震える。
「はぁ」
「苦しくないですか?」
「ん……大丈夫」
珍しくお酒を飲んだ私の頬は赤いのかもしれない。
おじさんの目が少し心配そうに伺いの色を見せていた。
「私、かお赤い……?」
「少し」
「はずかしいな」
「……可愛いです」
……そんなこと言わないで。
そんなかおで、そんなこと言われたら、私、私。
だめになる。
「……だめになる」
「だめになって」
「やだ……はずかしい」
「……かわいい」
そうして再び触れた唇は、さっきよりもずっとあつくって。
私は夢中になってしまう。
強引に舌を絡ませるでもなく。
年上の恋人の、その性格を表すような穏やかさで、ゆっくりと舌を絡ませられる。
私が逃げれば、すぐには追いかけない。
私の感じるポイントを的確に刺激して、ぐずぐずにして。
私が羞恥心に震えながらも応えるのを待つように、耳をゆっくりと撫でて。
そうしていつも、私は一番深い場所までさらけ出すはめになるのだ。
「……はぁっ、は」
「大丈夫?」
「ん……、だいじょうぶ」
まだ、服も着たままで。
明確な意思を持って愛撫されたところなど、口のなかくらいなのに。
あまりの気持ち良さに、小さく体が震えてしまう。
そんな私を見下ろして、おじさんは酷く穏やかに微笑んで。
私の目尻に優しくキスをした。
「いいですか?」
「……だめ、」
「つらい?」
「ちがう……こんなの、だめ」
こんなの、だめだ。
体が脳みそから溶けそう。
愛されてないわけないって、この人に大事に抱かれるんだって、自惚れてしまう。
そう、途切れ途切れに呟いた私に。
きみはまた、と、おじさんは溶けだしそうなほどの穏やかさで微笑む。
「自惚れてください」
「んっ……、」
「僕はきみを愛していますし、今からきみを抱きます」
穏やかに私を見つめる瞳。
でも、さっきまでとは少し違う。
熱を帯びたそれに、どうしようもなく体が震えた。