短編小説4

□Calling
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「ナイッサー、梓!」
「いっぽん!!」

味方ながらえげつないサーブを打つ梓ちゃんは今日も変わらずで、コントロールがいまいちなのも変わらずだった。

普通ならサービスエースを取れる剛速球は向こう側のリベロに拾われ、しかし一本でこちらへと返って来る。

それを難無くレシーブしたキャプテンは、私の名を呼ぶ。

みんなが、私の名を呼ぶ。

乙葉、と。

そして、私は。

「宮ちゃんッ!!」

あなたの名を呼びながら、あなたの元へと、イチバン良いボールを上げるのだ。

バァアアン!!

地響きすら感じるほどの、強烈な一撃。

「ッシ!」

小さくガッツポーズする宮ちゃんのアタックは、いつも通り綺麗で。
長い手足を反らして、空中を飛ぶ姿が、まだ角膜から離れなくて。

みんなが宮ちゃんとタッチするなか、私はネットにへばり付いたまま離れられなかった。

「おい、ブス!」

ぐるん、と振り向いた宮ちゃん。
それにびくりと体を震わせてしまいながらも、私は「ナイスコース」と呟いた。

「うん。ナイストス」
「あ、……ありがとうっ」
「調子良いんじゃん」
「…………うん」
「ほんとブスだなお前は」

俯く私にそう吐き捨てるように言って、宮ちゃんは自分のポジションに戻る。

それからは、まさにシーソーゲーム。

こちらがミスをするとかそういうわけじゃなくて、やっぱり向こう側のチームはそれなりに強いチームだったのだ。

高いブロック、カバー強さの穴の無いレシーブ、見事なコースの打ち分け。

かと言って、こっちも負けてるわけじゃない。

でも。

「ブロック注意して!」
「2枚!」
「ストレート注意!」

どんなに私が飛び上がっても。
どんなに私のジャンプ力がみんなより高いと言っても。

私はやっぱり、所詮はチビなのだ。

運良くブロックのタイミングが合っても、相手チームの170cmを越えるアタッカーの強烈な打球には吹き飛ばされるし。
下手をすれば、バランスを崩してタッチネットだ。

いつの間にか、私は深く深く俯いていた。

それが、バレたのだろう。

「乙葉!」
「乙葉、前!」

ネットすれすれで、ぐん、と落ちて来た、強烈なサーブ。
明らかに不調な私を狙ったそれに、私は慌てて反応する。

少し崩れたカット。

私はトスを上げられない。

なら、梓ちゃんがトスを上げて、宮ちゃんがオープンからの……と。

そこまで考えを巡らせた私の視界へと飛び込んで来た、長い手足。
そばかすの目立つ頬を歪め、その釣り上がった目で私を見つめる、その人は。

「ブス!開け!!」

そう、大きく叫びながら私を呼ぶ。

私は。

私は、セッターで。

今はもう、セッターで。

小学校、中学校、エースと呼ばれ、飛び回っていたあの時のようにアタックなんか、打てるわけのないチビで。
背が伸びていくみんなを憎みながら、俯いているしかなかったブスで。

でも。でも。でも。

また、飛べる、なら。

あなたが名前を呼んでくれるなら。

「飛べ、乙葉!」

私はきっと、飛べるんだ。

バァン!!

しん、と静まり返った体育館。
ぱん、ぱん、ぱん、とボールが跳ねていく音だけが響くそこで。

慌てたように、ラインジャッジの旗が振り下ろされた。

「っ、乙葉!すごい!」
「なに!?乙葉打てるの!?」
「こいつ、中学まではアタッカーでしたよ」
「なんでもっと早く言わないの!1年間勿体ないことしたじゃない!!」

ばたばたと走り寄ってくるチームメイトと。
私を見下ろしながら、にやにやと頬を緩める宮ちゃん。

私はぼんやりと、少し痛む手の平を見下ろすしかない。

…………ねぇ、宮ちゃん。

「なに」
「とっても久しぶりな気分」
「練習と違うだろ?」
「……うん。練習の時は、こんなにバクバクジンジンしない」
「んなことも忘れちまうくらい打ってなかったわけな、あたしらのエースさんは」
「……中学2年までの話でしょ」
「それでもさ、あたしにとっちゃすげえライバルだったんだよ」

ま、今も負ける気ねぇけどな。
そう言ってバン!と私の背中を叩いた宮ちゃんは。

「下向いてっとブスになんぞ」

やっぱりすごく、綺麗だった。




















END.


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