短編小説1

□かさぶたと私の二週間
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いたい、とか。
くるしい、とか。

そんな気持ちを素直に泣き叫べなくなったのは、いくつの時からだろう。

……もう、思い出せない。


















『かさぶたと私の二週間』



















どうしましょう。

ハルもウララな今日この頃。

突然、かさぶたが喋り出しました。

「ほんとどうしましょうだよ先も終わりも見えねぇですよ」
「人間生きてりゃなんとかなるさ」
「かさぶたに言われたくない!」

約二週間前の、とある日。

道端の小石に躓いた私、今村理子は、それはそれは酷い転び方をした。
それはもう、芸術的なくらい酷く。

「クソみたいに汚い顔してな」
「黙れお前なんかかさぶただろうが」

その時に擦りむいた膝小僧。

傷がじゅくじゅくだったから、暫くはお風呂に入るのも服を着替えるのも怖かった。
まぁそうは言っても、そんな擦り傷せいぜい丸一日あれば乾いてかさぶたになるのだけれど。

だけど。

私の真の悲劇は、傷が乾いてから起こったのである。

「なんだどうした、お前になにがあったんだ俺の知らないところで!」
「全てはあんたのせいでしょうがッ!自覚症状ナシですか!てゆーかあんた私のなんなのよ!?彼氏かなんか!?あぁあぁぁッ、私も私でなにかさぶたに話し掛けてんだぁッ!」
「騒がしい女だな」

私の真の悲劇。

それは、今現在も続くこの非常に異常な怪奇現象のことである。

「どうした理子、そんな落ち込んで。ぁ、カステイラ食うか?」
「うふふ、あはは……膝から声がするぅ」

約二週間前、私の膝に出来た小さなかさぶたは、私に話し掛けて来たのだ。
今も尚続く、どこか偉そうな口振りで。

「私、疲れてんのかなぁ……」
「そりゃ大変だ、甘いもん食え甘いもん、カステイラあるぞ、食うか?」
「私の頭がおかしいのかなぁ……膝がおかしいのかなぁ……はは、病院の何科に行けば良いのか分かんないや」
「頭にしろ膝にしろ、どっちもお前じゃねぇか。とりあえずお前、カステイラを、」
「どんだけ食べさせたいのよあんた!」

あとなんで正式名称なんすかカステイラて!

大事なことだからもう一回言いますよ!

カステイラて!

予想以上に呼びにくいわッ!

「正式名称で呼ばんと失礼だろうが」
「人の膝を占領するのはかさぶた界では失礼に値しないんですか」
「ぁ、正式名称で思い出した。理子、お前俺のことを『かさぶたかさぶた』呼ぶけどな、正式に言えば俺は“膿伽”といってな、これは膿の混じった黄色いかさぶたのことで、もう一つ“血伽”っていう血の混じったかさぶたが、」
「あのすいませんけどかさぶたの話心の底から興味無いんで!」

あーもー、鬱陶しい!

膝は痒いし、仕事は上手くいかないし!
更に言えば唯一の安らぎである一人の時間はかさぶたのせいで一秒も無いし!

トイレにまで付いてくるからね!
当たり前だよね私の膝のかさぶたなんだもんね!

あぁあぁぁッ、鬱陶しいッ!

「…………剥がす」
「……お前いまなんつった、理子、」
「剥がしてやる!お前なんか剥がしてやるんだから!」
「やめろ早まるな!」

かさぶたから聞こえる説得を無視し、私は徐に自らの膝に爪を立てた。

「やめろ!まだ真ん中が固まってないんだ!血が出るぞ血が!」
「聞く耳持ちませんよ!」
「くそ!せめて俺に腕一本でもあれば……ッ!」

思い知ったかかさぶた野郎!
所詮お前はかさぶたでしかないのよ!

妙な高揚感を感じながら、私は膝に出来た黄色い固まりに爪を掛ける。

昔からかさぶたはよく剥がす方だった。

だから私は知っている。

このまま端っこに爪を引っ掛けて力を加えれば、この忌々しい皮膚上の固まりがいとも簡単に剥がれることをね!

「やめろやめろやめろォッ!俺もお前も痛い思いをするだけだ!」
「うひゃひゃひゃひゃ」
「悪魔の申し子かお前は!サタンの隠し子か!山田孝●くんか!そうなのか!」

なんとでも言いなさいよ。
もうあんたともお別れなんだからね、さぁ…………って、ん?

「…………あれ?」

思わず上げてしまった、疑問の声。

なぜならば。

予想ではペリリと剥がれるはずのかさぶたが、どんなに引っ掻いても剥がれなかったから。

「あれ?あれ?なんで?」
「ガリガリすんなっ、痛ぇっ!」
「ねぇなんで剥がれないのこれ……って、私のが痛いわよ!」
「じゃあやめろよお前ドMかキモイな!」

かさぶたにドMとか言われたくないわよ本気でショック!

「ねぇなんで剥がれないの?」
「だからまだ固まってねぇっつったろ。無理に剥がすなよ、ハンコン残るぞ」
「……なによそれ」
「ハンコンとは!火傷や外傷などの治ったあとに出来る傷跡のことで、組織の欠損部分に増殖した肉芽組織が、」

ぁ、ごめんもう良いわ。


 
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