短編小説1

□かさぶたと私の二週間
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「まぁつまりはアレでしょ、しばらくあんたは居座るってことでしょ」
「まぁな。……でもな、理子、」
「…………なによ?」

この二週間で、私は酷くエキセントリックな性格になってしまったらしい。

だってよく考えてよ。

かさぶたと普通に会話してんだもの。

「お前ひとの話聞いてるか?」
「あんた“人”じゃないでしょうが!」
「ひとの揚げ足とらない!」
「だから人じゃ……ってオカンかお前は!」

いや、ほんとエキセントリック過ぎる。

なに普通に膝と喋ってんだ私。

「とにかくな、理子!傷っつーのは時が来れば勝手に治るんだ!治りかけの時に下手なことしたり、無理やり治そうとしたって無理なんだよ!」
「……それかさぶたの話よね?」
「いや、心の傷もそんなもんだろ」

……なによそれ。

「仕事関係だろうが友人関係だろうが、傷が出来んのは仕方ねぇんだよ。人間相手にしてんだから」

……なによ、それ。

「問題はその傷をどうするかってことなんだ。かさぶたにしろ何にしろ、下手なことしたら跡が残るぜ?」

…………なによ、偉そうに。

かさぶたの分際で。

「お前なんか失礼なこと思ってねぇか?」
「……なによ、かさぶたのくせに、かさぶたのくせに…………ッ!」

気付けば、私は。

…………何年振りだろうな?

気付けば私は、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。

なにかが悲しいわけじゃない。
なにかが苦しいわけじゃない。

ただ、体の中に溜まっていた何年分もの廃棄物が流れ出したかのように。
私は、自分とかさぶただけの自室で顔も歪めずに涙を流していた。

「おー、泣け泣けー……って俺に掛けるのはやめろ!ふやけたらどうしてくれる!」
「剥がれちまえぇえぇぇぅッぇ」
「うわ汚ぇッ!顔から出るもん全部出てんじゃねぇか!」
「あんたなんて存在自体が膿じゃないの汚いわねぇ!」
「ぼく、自虐ネタは良くないと思います」

そんな、馬鹿みたいな会話を繰り広げながら涙を流して。
どこか清々しい気持ちになった私は、とても久しぶりに深く深く、眠りに落ちた。

嫌なことも、苦しいことも、忘れて。

そんな夜を過ごし。
また朝を迎え。

ジリリリリリリ!パンッ!

「ふわぁあっ、おはよー、かさぶたー…………かさぶた?」

けたたましい目覚まし時計に起こされた私は、日常と化してしまった、かさぶたへの挨拶を口にしたのだけれど。

「…………かさぶた?」

毎日あれだけオカンのように口うるさく『挨拶せんか!』と怒鳴り散らしていたかさぶたから、返事が無い。

「……まさか」

まさかまさかと思いつつ、膝を見るために私は勢いよく掛け布団を剥いだ。

そこに、あったのは。

「…………まじですか」

そこにあったのは、約二週間前に元通りとなった、傷一つない綺麗な膝だった。
いや、傷一つない、と言ったら語弊があるのだけれど。

とりあえず。

そこにはもう、かさぶたは居なかったのである。

「……呆気ないものね」

昨日まであんなにうるさかったのに、と独り暮らし特有の独り言を呟きつつ。
私の口元には無意識の笑みが浮かんでいた。

どうしてだろう。

分からない。

でも。

胸の奥が酷くすっきりしていて。
少し体が軽くなった気さえしてる。

「あー、すっきりした!」

……ねぇ、かさぶた。

あなたはきっと、私にあの言葉を伝えるために残っていてくれたのよね。

傷は時間が治してくれる、って。
問題はその時自分がどうするかだ、って。

泣いても良いんだ、って。

そうだよね。

「さぁて、今日も一日頑張りますかねぇ」

ぐい、と背伸びをして。

私は、非常に異常で、鬱陶しくも楽しかった、そんな二週間に別れを告げた。




◇◇◇




がちゃ。

「行ってきまーす、って誰も居ないんだけどねぇ……ってうわぁあッ!?」

マンションの自室のドアを開け。
仕事場へ向かうべく勢いよいよく足を進めた私、今村理子……の足元に隠れていたお隣さんのゴミ入りポリ袋。

「ぃ、ったぁあぁぁ……!」

それに躓いた私は、芸術的なくらい酷い転び方をした。
…………ん?なにこれ?

デジャヴ?

「ひと月前くらいに似たようなことあったような気が……」

首を捻る、私の前……いや、膝に。

「……よぉ、久しぶり」

かさぶたが再び現れたのは、また別の話。



「ただいま、理子」



















ただいまーッ!





END.
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