短編小説1
□求めよ、さらば与えられん
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俺の幼なじみは一風変わった男だ。
まず、髪がピンク。
それもパンク的なドぎついピンクじゃなくて、すっげー可愛い薄いピンク。
姉ちゃんが昔使ってたカーテンみたいな。
それから、授業は基本的に寝てるかサボるかしてるのに頭が良い。
外見はカッコイイのに彼女が居ない。
そりゃ発言もちょっとおかしいしポエポエしてるけど、あんだけ顔良くて身長高くて足長え男がなんで彼女居ないんだか。
そんなやつにも彼女居ねえってんだから、俺に居るわけがないんだよそもそも。
話がズレたな。
俺の幼なじみの、乃木坂淳平。
マンションも隣で幼稚園から高校までずっと同じ、あいつのちょっと変なとこ。
猫と喋れる。蝶々が集まってくる。クジャクに威嚇される。方向音痴ってわけじゃないのに駅では100%迷子になる。ピーナッツ見ると過呼吸になる。好物がバニラアイスなのに嫌いな物がソフトクリーム。自動ドアが開かない。ゴキブリは下手すりゃ素手でも平気でブッ叩くくせにカブトムシは見ただけで泣くほど怖がる。
ああ、それから。
俺と結婚するって昔からずっと言ってる。
『求めよ、さらば与えられん』
「…………あ」
4限目前の休み時間。
次の体育に向けてみんながのそのそと着替えをしている教室の真ん中で、俺はまぬけな声とツラを晒していた。
「どったの?」
それに気付いたらしいクラスメートがひょいと俺を覗き込む。
んー、いや、やっちまいました。
「なに?」
「体操着忘れた」
「小学生か。持って帰らなきゃ良いじゃんよ。冬なんだし」
「3ヶ月くらいはそうしてたんだけどな」
「……それは持って帰れよ」
「だから持って帰ったんだよ。ま、いーや、しゃーねーし借りてくるわ」
「おー、遅れそうなら言っとく」
「さんきゅー」
そんな有りがちな会話をして。
俺は教室を出て、あいつのクラスへと向かう。
……うん、普通だよな。
さっきのは至極普通の会話だ。
これがあいつとだと上手く行かないってんだから不思議なもんさ。
そんなことを思いながら俺は階段を下りて、一階分下にある同学年クラスの並びへと足を進めた。
席変えあるとか言ってたけど、どーせまた窓際の後ろ陣取ってんだろ。
そう思ってあいつのクラスの後ろのドアから教室を覗けば、やっぱりピンク頭はその席に居やがった。
あいつのちょっと変なとこに追加、くじ引きで毎回同じ席を引く。
「おーい!じゅんぺー!」
寝てるらしいそいつを起こすためにちょっとデカい声を出す。
そんな声に気付いたのは淳平よりもこのクラスの女子が先で、一瞬は驚いたそらしいいつらはいつものようにどこかイヤな笑顔を浮かべてくすくすと笑った。
……淳平、早く起きてくれ。
あいつらまた変な想像してやがる。
そんな俺の願いが届いたのか、それまで机に突っ伏していたピンクの頭か動く。
のそり、と起き上がったそいつはがりがりと頭を掻いてから俺を見た。
「まなぶくん今ボクのこと呼んだ?」
「ああ、呼んだ呼んだ。ただ一つ言うなら俺の名前はマナトかな」
「……ああ、うん、そうだね、ごめん」
こいつのちょっと変なとこ、更に追加。
俺を好きだ好きだ言うわりには俺が来てやってもあまり喜ばないし、寝ぼけると俺の名前を間違える。
ちなみに『マナブ』は近所の歯科医の名前です。
「体操着忘れたんだ。貸して」
「あー、うん、良いよ。ちょっと待って」
「悪いなー」
さして悪いとは思ってないが、とりあえずそう言っておく。
親しき仲にも礼儀有り、ってな。
えらそーに壁にもたれる俺の前で、淡いピンク色の頭がふらふらと揺れる。
寝ぼけながらも後ろのロッカーから体操着を探し出した淳平は、そのままその長い足を最大利用して、見せつけるように数歩で俺の元へとやって来た。
「ん、どうぞ」
「おー、ありがとなー」
「ううん。……ぁ、そうだ、でも、」
「ぁ、ごめん今日使う?」
「ううん。使わない。違うんだよ」
「……なにが?」
「ごめんね、下、短パンしか入ってない」
…………なんで?
俺みたいに全部忘れるならまだしも、普通、体操着ってシャツと短パンとジャージ上下がセットじゃね?
夏ならまだしも、今は冬だし。
なんでジャージ下だけ忘れんの?
「さあ、ボクにもなぜだか」
「……そういやお前昔さ、夏休みの宿題のアサガオ、まわりのワクだけ持って来てたことあったよな」
「うん。今日は弁当忘れちゃった。ハシは持って来たんだけど」
「…………やっぱお前おかしいよ」
こいつのおかしいとこ更に更に追加。
忘れモンがちょっと独特。
……いや、まぁ良い。
ジャージの下くらいべつに。
ちと寒いの我慢すりゃ済む話だしな。
「じゃ、さんきゅな、淳平」
「ぁ、ちょっと待って」
そろそろ着替えないと本気で授業に間に合わない。
そう思って、きびすを返した俺の腕を、淳平の体温の低い手が掴む。
……今度はなんスか、淳平くん。
「それ」
「それ?」
体操着?
「うん、体操着」
「……体操着がナニ」
「それ、洗わなくて良いから」
「……なんで」
いくら幼なじみだからって、さすがに洗って返さにゃいかんでしょ。
礼儀としてさ。
ま、洗ってくれんの母ちゃんだけど。
訝しんでる感情を隠しもせずに見上げる俺に、ふわふわのピンク色を揺らす淳平は、その表情を変えもせずに言ったのだ。
「匂い嗅いだりとか色々するから……洗わなくて良いよ」
「……嗅いだりとかするのか」
「するよ、嗅いだりとか」
「……色々するのか」
「するよ、色々」
「……色々って、ナニ」
「それは内緒」
……こいつの変なとこ、更に更に更に追加。
内緒にするとこがおかしい。
そして、こいつの言う『色々する』が性的なコトを指し、更にはそれが狂言じゃなくガチであることを俺は知っている。
それを見せることは厭わないからな、こいつ。
「……まぁ良いや、じゃあ洗わない」
「うん。良い汗かいて来て」
「うん、ちょっと今は素直に受け取れないかな、その言葉」
こいつのちょっと変なとこ。
俺を本気で欲しがってるとこ。
俺のだいぶん変なとこ。
それに優越感を感じちゃってるとこ。
「あー……くそ、」
どっちのがおかしいんだ、これ。
END.