短編小説1

□キミと、ファインダーと、僕。
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闇夜のような漆黒。

真っ直ぐにこちらを見据えた、瞳。



「恋をするのに、時間はどれくらい必要だと思いますか?」



ファインダーを覗くキミ。

レンズに映る世界。

僕の恋心。

キミは、どこを見ているの……?




















『キミと、ファインダーと、僕。』


















溢れそうになる涙を堪えて、ミソラに背を向けた。
逃げるように、体育館裏をあとにする。

真っ直ぐに歩けている自信なんて、これっぽっちも無いけれど。

「…………」

……今、ミソラと別れた。

こうなる事はずいぶん前から分かってたし、感づいてた。

でも。

実際、その状況になる、と。

「はは……こたえんなぁ」

思わず零れた自分の声は、今にも泣き出しそうな掠れた声で。

……正直、キツい。

体育館裏から校舎裏に進み、ヒト気の無い中庭に到着する。
誰も居ないことを確認して、オレは中庭の芝生に座り込んだ。

「…………はぁ」

あぁ、終わっちまった。

いや、付き合ったり別れたりなんて、日常茶飯事にして来た事なのに。

なのに。

あんなに本気になったことなんて。
こんなに落ち込んだことなんて、今まで無かった、から。

「……ほんと、きつい」

そんな情けない言葉を、溜め息と一緒に吐き出して。
立てた膝に顔をうずめた、その時だった。

カシャ。

どこか聞き覚えのある、その音。

カシャ。

カシャ、カシャ、カシャ。

…………なに?

オレは、どこか懐かしささえ感じるその音に、顔を上げた。

そして。

「…………ッ」

思わず、息を飲まずには、いられなかった。

それは、見知らぬ人間が、自分にカメラを向けていたから。
それもある、けれど。

カメラを構えた、その少女の、雰囲気が。

あまりにも、独特で。

「…………」

漆黒の黒髪。
小さな体。

何の特徴も無い、姿、なのに。

少女は、その小さな体に“世界”を持っていた。
オレにも分かるくらい、強烈な。

「……なに、してんだよ」

やっと絞り出したその言葉。
しかし、シャッターを切り続ける少女には届かなかったようで。

カシャ。

カシャ、カシャ、カシャ。

少女は、レンズを調節しながら、オレを撮り続ける。

「……なに、やってんの」

カシャ、カシャ、カシャ。

「おい、聞いてんのか」

カシャ、カシャ、カシャ。

「ふざけんな、……誰だよ、お前。やめろよ、ッ」

カシャ、カシャ、カシャ。

「……ッ!!テメェ、いい加減にッ、」

何の反応も返さない少女にいい加減イラつき始め、立ち上がる。

すると。

「……なにをそんなに悲観してらっしゃるのかは知りませんけど、」

シャッターを切る手は止めずに、少女が初めて口をきいた。
その声は、聞いたことも無いほどに透き通っている。

「世界は、あなたが思っているほど悪いものではありませんよ」

カシャ、カシャ、カシャ。

「……は?お前、なに?オレのなにを知ってんの?」
「だから、何を悲観してるのかは知りません、と言ったはずですが」

カシャ、カシャ、カシャ。

「だったらほっとけよ!うぜえんだよ、意味分かんねぇ!!」
「そうですね。なんでこんな事をしているのか、自分でもよく分かりませんけど」

カシャ、カシャ、カシャ。

「ふっざけんな、やめろよッ!!撮んなよ、ほんとッ、マジでッ……やめろ、よッ……!!」

やめてくれ。
こんな情けない姿、見られたくもない。
だから、中庭まで来たのに。
あぁ、もう。
頭ん中ぐちゃぐちゃだ。

……もう、いやだ。

気付けばオレは、中庭の芝生にうずくまり、自らの膝を抱えていた。

カシャ、カシャ、…………カシャ。

少女が、シャッターから手を離す。
見てはいないけど、シャッター音が止んだ事でそれくらいのことは分かった。

恐る恐る、オレは顔を上げる。

そこには顔からカメラを離した少女が、立っていて。

「……ごめんなさい」

そう謝罪を述べた、少女。

「…………」

オレは。
文句の一言や二言くらい言ってやる、とか。
相手が女じゃなかったら殴ってるとこだ、とか。
そんな風に思っていたのに。

なのに、オレ、は。

ただ呆然と、少女を見つめる事しか出来なかった。

べつに、美人なわけじゃない。
スタイルが良いわけじゃない。

長い前髪が邪魔して、少女の顔は半分以上見えないというのに。

ただ、ただ、見つめる事しか出来ない。

そんなオレに気付いたのか、少女は気まずそうに俯いた。

「……私の顔になんか付いてます?」
「…………え、ぁッ、ごめ、」

……って!!

なんでオレが謝ってんだ!


 
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