短編小説1

□Have a makeup!!
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篁睦月、26歳。

今、人生を試されている気がします。









『嗚呼、マイハニー』










文化祭からひと月と27日。

寒さも本場になって来た、12月某日、日曜日。

俺は、普段ならリラックス出来るはずの自分の部屋で、冷や汗をかいていた。

「…………」
「…………」

今日は、須崎が部屋に来ている。
所謂、デート、というやつで。

そうは言っても、毎回毎回、変わり映えもせずに俺の部屋で勉強してるだけなんだけどな。

どこにも連れて行ってやれねェし、須崎には悪いと思ってる。

でも、俺は俺なりにこの二人きりの時間が好きだし、大切で。

だが、今日は話が別だ。

「…………」
「…………」

口の中が渇いて、言葉を発することさえ出来ない、俺。
そんな俺に、明らかに怯えている、須崎。

悪いとは思ってる。
でも、どうしようも無い。

そう、これはどうしようも無い事なんだよ、俺だって男だし、まだまだ若い方だし、すきな女と同じ部屋に居りゃあ、そりゃ、まぁ、なんつーか。

「…………」

……一言で言えば、俺は今、酷く興奮状態にある。

「……せんせい?」

須崎が俺を呼ぶ。

その声にさえ、体が反応しそうで。

それを悟らないように。
俺は、出来るだけ冷静な事を出した。

「なに」
「…………なんでも、無いです」

会話は広がらない。
……正直、助かった。

今の俺には、須崎と向き合って、理性を保っていられる自信が無い。

気を紛らわすように見上げた時計は、須崎が来てから一時間が経過した事を指していた。

そう、一時間前。

部屋の呼び鈴が鳴って。
ドアを開けたら、須崎が立ってて。

走って来たんだろうか、少し荒い息と火照った頬に、こう……。

ムラッと、きた。

うわー、俺、さいあく。

でも、仕方ないだろう。
すきなんだから。

触れたいと、抱きたいと思うのは自然現象だ。
男のサガだ。

でも、俺はそうするわけにはいかない。

なぜなら。

こいつはまだ、俺の生徒だし。

それより、なにより。

大事にしてやりたい、し。

だから、俺は。

出来るだけ須崎を見ないようにしつつ、気を紛らわす。

手元の書類になんて、集中出来ない。
……中学生かよ、俺は。

「…………」

かちかちかち、と、須崎がシャーペンの芯を出す音がした。

横目で様子をうかがえば……なにやらキョロキョロと、何かを探している模様。

ぁー……ちくしょう、可愛いなぁ。

そんな、自分でも気持ち悪い事を考えた、その時だった。

須崎が、俺の方に手を伸ばす。

その時、の。

細い、指先に。
胸の開いたセーターから見えた、白い胸元に。

体が、かぁっと熱くなるのを感じて。

「……ぅ、わッ!!」

がたんっ!!

思わず、飛び退いていた。

「…………ぇ、」

目の前には、呆然と俺を見つめている須崎。

「ッ…………」

あぶない。

今のは、あぶなかった。

手を、伸ばしそうなっちまった。

「……ッ」

俺は、ぎゅっと自らの腕を握り締める。

だめだ。
落ち着け、俺。

落ち着け。

「今日は、すいません、でした、」
「…………ぇ?」

そんな、須崎の声でハッと我に帰れば、須崎は俯いたままに教科書やノートをかき集めていて。

「ッ、かえ、り、ます、」

俺は、何が何だか分かんなくて。
ただ、呆然と立ち上がった須崎を見つめている事しか出来なくて。

「ごめ、なさ、ッ」

須崎が、俺に背を向けた時、初めて。

自分のやってしまったことに気付いた。

「ッ……」

俺は、須崎にどんな態度をとってた?

そんなことしたら、こいつの思考がどう働くかくらい、分かるだろう?

飽きられたとか、面倒臭がられたとか。
あいつの考える事くらい、分かるだろ、俺!

「ち、くしょっ」

自分に、酷く苛立った。

もう、あいつを傷付けないって、大事にするって、決めたのに。

また、俺は自分のことしか考えてなかった。
また、あいつを傷付けた。

「須崎ッ!!」

気付けば俺は、部屋から出て行こうとしていた須崎を抱き締めていた。

逃がさない、絶対に。

「ごめん、違うんだ」

お前が悪いんじゃないんだ。
俺が、全部、悪いんだよ。

また、お前を傷付けた。

「せん、せ……」
「違うんだ、須崎、俺……」

お願い。
俺、頑張るから。

嫌わないで。
そばに居て。

「ひッ、く、……ッ」

感情が溢れ出したのだろうか。
須崎は、泣きじゃくりながら、暴れた。

なんでこんな事するの。
私の事、面倒臭いって思ったんじゃないの。

そんな須崎の言葉に、胸が痛んだ。

ちがう、そうじゃない。

ちがうんだ。

俺はそう呟いて、力の加減もせずに、須崎を抱き締めて。

俺は26にもなって、まだまだ子供みたいで、自分の事しか考えてなくて。
お前のこと傷付けてばっかで、最低な男、で。

そのうえ、口下手、だから。

「上手く言えない、けど」

お前のことがすき過ぎるんだ。

そう、呟いた言葉と。
耐えきれずに、耳の後ろに落とした、稚拙な口づけ。



「ばか」



小さく聞こえた、甘い罵倒に。

めまいがした。





嗚呼、人の気も知らないで。

マイハニー。




















END.




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