短編小説1

□SとMの昼食
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やばい。

嫌な予感しかしない。
絶対に私とってマイナスでしかない駆け引きだ、これは。

よし、逃げよう。

前頭葉が判断を下すのに約0,8秒。

私は速攻で言葉を発していた。

「ごッ、ごめんねセツ兄ちゃん、ぃ、今、ご飯食べたとこでねッ、」

しかし。

『めーちゃん?』
「な、なに……?」
『お昼ご飯、まだだよね?』
「だ、だから、もう、今、食べ、」
『まだだよね?』

優しそうな声。

でも。

有無を言わせない、その威力。

「………ッ」
『めーちゃん?』

有無を言わせない、以下略。

「…………ぃ、行き、ます」
『ほんとに?嬉しいなぁ、めーちゃんと一緒にご飯食べるのなんていつぶりだろうね』
「……うん」

あぁ、元から私に判断権なんて無かったのよ。
さよなら私の前頭葉。

そして。

お世話になります心のバリアー。
よろしくね。
あの人から私を守ってね、切実に。

『じゃあ、待ってるからね』
「……うん、すぐ、行く」
『分かった。じゃあ、数分後に』

プツン。

ツー、ツー、ツー。

切れた電話。
耳に残る、やけに楽しそうだったセツ兄ちゃんの声。

「……行きたくない」

嫌な予感。
嫌な汗。
上がる心拍数。

本能的なそれら。

それでも、いそいそと準備をしてしまうのは。

あの人への恐怖感か。

それとも。

あの人がいつも言うように。
私の中に隠されているらしい“マゾヒスティック”な部分がそうさせているのか。

それとも。

…………いや、これは有り得ないな。

「……行こ」

考える事を放棄した私はいつものように、10歩あるけば着いてしまう月島家へと、手持ちの中で一番可愛い靴を履いて、出掛けてしまうのだった。



◇◇◇



「いらっしゃい」

基本的に我が綾倉家と月島家の間には【チャイムを鳴らす】という習慣が無く、勝手に互いの家に上がり込むのだが、今日はチャイムを鳴らすどころかドアを開ける必要も無かった。

なぜならば。

月島家長男の月島刹那くんが、私が到着した時すでにドアの前で微笑んでいたから。

「いらっしゃい」

返事をしない私にじれたのか、セツ兄ちゃんは形の良い唇で再びその台詞を口にした。

今度は、言いようの無いオーラを背負って。

返事しろ、と、私にはセツ兄ちゃんがそう言ってるように見えるのだけど、あながち間違ってもいないと思う。

「ご、しょうばんに、あずかります」
「なにそれ、改まっちゃって」

変なめーちゃん。
セツ兄ちゃんは爽やかに見える微笑みを浮かべながら、私をダイニングへと導く。

幼い頃から通い詰めていたために、まるで我が家のように歩き慣れた廊下を進めば、柔らかな光が差し込むダイニングルームへと到着。
テーブルには既に食器やグラスが並べられていた。

「座っててね」
「ぁ、……う、ん、でも、手伝う、よ」
「良いから良いから」
「でも、」
「座ってなさい?」

にっこり。

爽やかに、優しそうな。
そう、優しそうな笑顔を浮かべてセツ兄ちゃんは高い視線から私を見下ろす。

「俺の言ってる事分かるよね?ねぇ、めーちゃん?」
「ひッ……」

一見温和に見える瞳の奥に隠れた、有無を言わせぬ威圧感。

いや、温和は温和なのだけれど。

だけど、どこか情熱的。

セツ兄ちゃんは、私に対してだけ何故か酷く、その不思議な雰囲気を纏って対応してくる。

「めーちゃん?」
「……ッ、座るッ、座りますッ」
「そう、めーちゃんは賢いね」

私の悲鳴混じりの言葉を聞いたセツ兄ちゃんは、くすくすと、心の底から楽しそうに笑いながら、私の手を引いた。

そして、私を席まで誘導すると、椅子を引いて私を座らせて。

「賢い子は好きだよ」

後ろから、そう囁いたのだ。
吐息を多分に含んだ、甘い、甘い、かすれた声で。

「ひ、ひぅあわぁっ!?」
「あはは、可愛いねぇ、めーちゃんは」
「せッ、セツ兄ちゃん!?」

自分の意志とは関係無く跳ねた体にびっくりして振り向けば、セツ兄ちゃんはやっぱり楽しそうに笑ってて。

うぅ、遊ばれてる!!

「ひどいよ!!」
「めーちゃんが面白い反応するから」
「だっ、だってそれはセツ兄ちゃんがッ」
「はいはい、じゃあちょっと待っててね。お詫びにご飯ご馳走しますから」

そう言ってセツ兄ちゃんはキッチンへと消えて行った。

私は一人、大暴れする心臓と取り残されて、呆然とキッチンの方向を見つめることしか出来ない。

セツ兄ちゃんは、ひどい。
いつも私をからかって、……っていうか、私に対してだけ酷く意地悪になる。

みんなには優しいのに。

「はぁあぁぁ、顔は良いのになぁ」

もったいない。

大きな溜め息と一緒に、独り言を吐き出さずにはいられなかった。

そう、セツ兄ちゃんは外見だけは良いのだ。


 
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