短編小説1
□SとMの損傷
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正に女性の鏡だね!
ありがとう、おばさん!!
むしろ、平日ってことはセツ兄ちゃんが帰って無いってことも有りうるしね。
だってセツ兄ちゃんは大学生なんだもの。
噂に聞くゼミとか研究とか合コンとかで忙しいはずだしね!
平日万歳!!
「ありがとう、神様!!」
ピンポーン。
意気揚々と、私は月島家のチャイムを鳴らしたのだった。
◇◇◇
なんだこの状況は。
「めーちゃん、紅茶とか飲む?」
「おかまいなく……」
月島家のリビング。
制服のままソファーに座った私。
の前でにこにこ笑っている、セツ兄ちゃん。
他の住民は外出中。
つまり。
セツ兄ちゃんと、2人きり。
…………神様の馬鹿あぁぁぁ!!
「おじさんとおばさんは……?」
「ん?あぁ、父さんはまだ会社じゃないかなぁ。母さんは出張中」
「……そっか」
まさかおばさんも出張とは。
この町内の大人達は出張週間なのかな!?
だらだらと、背を嫌な汗が伝う。
まだダイニングに通されなくて良かった。
先日の激辛カレー事件を思い出すと未だに胃と食道が痛くなるから。
「それにしても悪いなぁ、いっつも良いもの頂いちゃって」
セツ兄ちゃんはお造りの乗った大皿を見つめながら、困ったような笑顔を浮かべている。
……ぁ、もしかして。
「迷惑だった?おばさんのご飯があるなら余っちゃうよね?大丈夫?」
「うん、それは大丈夫。母さんも今回は急な出張だったみたいでさ、家になんにも無いんだ。だから助かったよ」
「そっか、良かった」
基希さんと愛美さんにお礼の電話しなきゃね、とセツ兄ちゃんは笑った。
愛美さんとは私の母のこと。
「でもほんと、助かったよ」
「うん、良かった」
「このまま何も無かったら、またカレーでも作ろうと思ってたんだよね」
「…………」
それは私の方が助かった!
ありがとう、我が母上、愛美さん!!
「ちょっと電話してくるね」
セツ兄ちゃんはそう言ってソファーを立った。
そんなセツ兄ちゃんの後ろ姿を見つめながら、私は『カレー』という単語に反応して出てしまった冷や汗を沈めるのである。
私はパブロフの犬か。
◇◇◇
「愛美さんが、あと30分くらいでご飯出来るってさ」
「うん」
電話から帰って来たセツ兄ちゃんは、再び私の前に腰掛けて、じっと私を見つめてくる。
じっと、じっと、じっと。
「……な、なに?」
あまりにも真っ直ぐ見つめ続けるものだから、収まったはずの冷や汗が吹き返して来て、私は慌てた。
ちょっと頬が熱いのは気のせいだろうか。
もしかしたら顔が赤くなってるかもしれない。
恥ずかしい。
「いや……ね、あんなに小さかっためーちゃんも、もう高校生かぁって」
それだけ俺も年取ってるってことだよね、と、セツ兄ちゃんは笑う。
少しだけ、その笑顔が寂しそうに見えて。
何故か、きゅっと、胸が痛くなった。
私がこんなに痛みを感じるくらいなんだから、めったに笑顔を崩さないセツ兄ちゃんはもっともっと痛いんだって、そう思ったら。
そしたら、なんか。
「だいじょうぶ」
手を握らずには、いられなかった。
「……めーちゃん」
珍しく、しおらしいセツ兄ちゃん。
酷く儚げに見える、その表情。
やめて。
そんな顔しないで。
意地悪なセツ兄ちゃんで居てよ。
「だいじょうぶ、セツ兄ちゃん」
「……めーちゃん」
「私はなんにも変わってないし、セツ兄ちゃんも変わってない。私はセツ兄ちゃんのこと、昔っから……」
あれ、なに言おうとしてんの私。
言いたいのはこんな事じゃないのに。
……とにかく。
「……私は、変わってないよ。体が大きくなったって、気持ちはずっとおんなじまま」
「ほんとに?」
「うん」
「そっか、…………でも、」
めーちゃん。
セツ兄ちゃんが、切なそうに、心細そうに、私の名を呼んだ。
「……なに?」
「不安、なんだ」
「…………」
ほんとに、どうしてしまったんだろう。
普段のセツ兄ちゃんからは想像出来ない、弱々しいその姿に、酷く戸惑ってしまう。
ダメだ。
こんな時くらい、私がしっかりしなきゃ。
「セツ兄ちゃん」
ぎゅっと、握った手に力を込めて、私はセツ兄ちゃんを見上げた。
「セツ兄ちゃんが言う事なら、なんでもきいてあげる」
だから。
「不安になんて、ならないで」
いつものセツ兄ちゃんで居て。
その願いは口にこそしなかったけれど、きっと、伝わると信じて。
私はセツ兄ちゃんを見つめ続けた。
そんな私の視線を受けてか、セツ兄ちゃんは表情をほころばせる。
「……ほんとに何でも言うこときいてくれる?」
それで、セツ兄ちゃんが楽になれるなら。
「ほんとに何でも?」
うん。
「じゃあ、」
にっこりと、セツ兄ちゃんは笑って、もう片方の手で私の手を握った。