短編小説1

□SとMの損傷
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「これ、お願い」

え?

握られた手に、何かプラスチックのような硬くてツルツルした素材が触れて、私は反射的に自分の手を見下ろした。

かぶさっていたセツ兄ちゃんの手が離れて、私の手のひらが現れれば。

そこには。

何か、四角い形のプラスチック。

「……なに、これ?」
「ピアッサー」
「ぴあっさあ?」

聞き慣れない単語に、見慣れないそのぴあっさあとやら。

……これをどうしろと?

「耳に穴開けて貰おうと思って」

………………はい?

「これ、ピアッサーっていってね、自分で耳に穴開けられる道具なんだよ」

……え、どうしよう。
セツ兄ちゃんの言ってる意味が分からない。

さっきまでの話の流れで、なんで耳に穴開けることになってるの?

「変わらないモノが欲しいんだよね」
「……変わらない、もの?」
「そう。だから、耳に穴開けて。その傷ならきっと一生消えないから」

…………えぇえぇぇェッ!?

「無理ッ!無理だよッ!!」

私は慌てて、その“ピアッサー”とやらをセツ兄ちゃんに押し返した。

だって、無理だ。

つまりは耳に穴開けるんでしょう?
なにか、こう、どういう構造かは知らないけれど、こう……耳に何か金属的な物を貫通させるってことでしょう?

穴開けるって、そういうことだよね?

「……無理無理無理ッ!!」

考えただけで恐ろしい。
お腹の辺りがざわざわする。

「めーちゃん」

そんな、慌てふためく私の耳に、セツ兄ちゃんのどこか威圧的な声が聞こえた。

……な、なんですか。

恐る恐る顔を上げれば、そこには。

「ひッ……」

黒いオーラを纏った、セツ兄ちゃん。

にっこりと。
酷く楽しそうに笑っている。

「めーちゃん」
「…………な、なにッ」
「さっき、なんでもしてくれるって、言ったよね?」

…………え?

「言ったよね?」

確かに、そうは言ったけど。
だってそれはセツ兄ちゃんが心細そうで、悲しそうだったから、少しでも楽になればって。

少しでも、私が役に立てればって、そう思って……。

でも、今のセツ兄ちゃんは。

さっきまでのその雰囲気など、一切感じさせないほどに、楽しそうで。

「めーちゃん、嘘吐いたの?」

むしろ、勝ち誇ったような笑顔で私を見下ろしてくる。

「嘘吐くような、そんな悪い子になっちゃったんだ?」

だったら。

「おしおき、しなきゃね」

なんですかそのベタな展開。

そんな呑気な意見が頭に浮かんだけれど、それが言葉になることは無かった。

だって。

セツ兄ちゃんの目は本気だったから。

「ッ、……嘘じゃないッ」

そんなセツ兄ちゃんの雰囲気にすっかり飲み込まれてしまった私は、竦み上がる体と声帯を叱咤して、そう叫んでいた。

「嘘じゃないよッ」
「ほんとに?」
「ッ、なんでもっ、なんでもするからッ」

そんなこと言ったらセツ兄ちゃんの思う壺だってことは分かってる。
でも、そう言わなきゃ何をされるか分からないってことも、痛いくらいに分かってるんだ。

だから、私はぎゅっと目を瞑ったままに、そう叫んだ。

「…………」

しん、と。

静まり返ったリビング。

何も言わないセツ兄ちゃんに不安になって、私はびくびくしながら目を開き、向かいに座っているセツ兄ちゃんを見上げる。

「…………」

唖然とした。
私は声を失ったかのように何も言えなくなってしまう。

だって。

見上げたセツ兄ちゃんは、楽しいと云う感情を通り越したかのように、声を殺して笑っていたのだから。

……え、どういうこと?

「ッふ、はは……」

殺し切れなかった息を吐き出して、セツ兄ちゃんは呆然と立ち尽くす私に再びピアッサーを握らせる。

もう、押し返すほどの気力も無い。

「なんでも、してくれるんでしょ?」

なんでもするって言った。
だってそれは、セツ兄ちゃんが不安そうだったから。

「あぁ、ほんと……」

なんでもするって、言った、けど。

「めーちゃんって、可愛い」

そう言った時の。

セツ兄ちゃんの、小馬鹿にしたような、見下したような……でもどこか、恍惚としたような。

そんな表情を見て。

あぁ、はめられたんだなって。
私は初めて理解した。


◇◇◇


怖い。

手が震える。
なんだか寒気もしてきた。

逃げたい。

「良いよ、そのまま押して」

でも、逃げられない。

「ほら、早く」

ソファーに座ったセツ兄ちゃん。
その横に立つ私。

私の震える手は、なんとかセツ兄ちゃんの耳に当てられたピアッサーを落とさないようにするのが精一杯で、実際にピアッサーを設置しているのはセツ兄ちゃんだ。
私の手の上からセツ兄ちゃんの手が覆い被さっていて、逃げることも出来ない。


 
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