短編小説1
□SとMの追憶
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思わぬ母親のS発言に、耳を疑ってしまう。
確認するように母さんを見つめれば、なに、とでも言いたげにすっとぼけた笑顔を返されてしまった。
それに、俺も笑顔で返す。
あぁ、そうか。
俺の“コレ”は遺伝だったわけね。
「芽衣ちゃん、そう見えない?」
「……確かにね」
「そうでしょ?勝流さんとも、絶対そうだよねって、話してたのよ」
「…………」
月島勝流。
“勝つ”に“流れる”と書いて“すぐる”、俺の父親である。
つまり、俺はサラブレッドか。
「でもほんと、いつからかしらね」
思い出せないわ、年かしら。
そう母さんは呟きながら、キッチンへと消えていった。
そろそろ夕飯の準備に取り掛かるらしい。
そんな母親を目の端でとらえながらヌルいコーヒーを啜り、俺は小さく溜め息を吐く。
「……ふぅ」
いつからめーちゃんがこの家に来なくなったか。
つまりは。
俺が、いつ、初めてめーちゃんにイタズラしたか、ということである。
イタズラ、というのも変か。
じゃあ、こう言おう。
いつ、俺がこの性癖に目覚めたか。
俺だって、産まれつきこんな性癖だったわけではない。
純粋な時代だってあった。
そして確か、めーちゃんは、俺がこの性癖に目覚めた日から暫くして、この家に来なくなってしまったはずだから。
はて、いつ頃のことだったか。
空になったマグカップをテーブルに置き、俺は記憶を巡らせる。
そう、確かあれは。
俺が小学六年生、めーちゃんが小学三年生の時だった。
◇◇◇
「刹那くん、見つかった!?」
愛美さんにそう聞かれ、俺は首を横に振った。
そんな俺の返事に、愛美さんと基希さんが肩を落とす。
「芽衣ったら、ほんとにどこ行っちゃったの……ッ!!」
めーちゃんが、居なくなった。
というか、帰ってこない。
時刻はもう9時を過ぎていて、夏と言えども空はすっかり闇を落としている。
小学生の俺達がうろうろして良い時間でないのは明らかだ。
めーちゃんは、そういう事をよく分かっている子なのに。
「一度は帰って来てるのよッ!!ほんとにッ、どこ行っちゃったのッ!!」
取り乱した様子の愛美さん。
それを落ち着かせようとする基希さん。
そして、父さんと母さん、俺を含んだ5人での捜索は2時間にも及んでいた。
日が落ちても夏は夏。
汗でTシャツが背中に張り付く。
気持ち悪い。
でも、そんなこと言ってられない。
俺がこうして休んでいる今も、めーちゃんはどこかで泣いているはずなんだから。
人にさらわれたのか。
道に迷ってしまったのか。
それは、分からない。
分からないけれど、きっと。
めーちゃんは不安に押し潰されそうになって、泣いているに違いない。
「くそッ……!!」
そう思うと、普段は口にすることなど無い悪態が口をついてしまう。
めーちゃんを泣かす奴は許さない。
早く、速く、探さなきゃ。
そう思うのに、俺の頭はめーちゃんの行きそうな場所を思いついてくれない。
公園。
学校。
いつも一緒に行くコンビニ。
違う、もう全部探したじゃないか。
めーちゃんの自転車は残されていた。
だから、そう遠くに行ってないはずなんだ。
はやく、考えろ。
めーちゃんはいつもどこへ行く?
どこへ行きたいと言っている?
「…………ッ」
焦れば焦るほど、溢れるのは汗ばかりで、まともな思考など浮かんで来ない。
だめだ、考えろ。
最後に会ったのはいつだ?
昨日、昨日会った。
その時、めーちゃんは何か言ってなかったか?
そうだ、確か。
「屋根裏部屋ッ……!!」
突然叫んだ俺を、大人達が不思議そうに見下ろす。
そうだ、確かにめーちゃんは言っていた。
屋根裏部屋に遊びに行きたい、と。
「愛美さんッ、屋根裏部屋ッ!屋根裏部屋ですッ!!」
俺の家にある屋根裏部屋。
めーちゃんとはよくそこで遊ぶ。
だけど、2階の更に上にある屋根裏部屋は、夏場は暑くて入れなくて。
昨日は駄々をこねるめーちゃんを諭して、入らなかった。
でも。
めーちゃんは、未練がましく最後まで言っていたじゃないか。
屋根裏部屋で遊びたい、と。
「行きましょうッ!!」
慌てて向かった、俺の家。
玄関の靴箱の下、隠れた場所にめーちゃんの小さな靴があった。
まさか、本当に。
大人4人と子供の俺は、皆して必死の形相で、階段を駆け上がる。
だって、まさか、そんな。
やっと着いた、俺の部屋。
父さんと基希さんが、屋根裏部屋の扉を開けて、梯子を掛けて。
屋根裏部屋に上がっていく。
そして。
ぐったりとしためーちゃんを抱きかかえて、下りて来た。