短編小説1
□SとMの追憶
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どうやって屋根裏部屋に上がったのかは分からないけれど、めーちゃんは上がったまま下りられなくなったらしい。
そして、何かの拍子で扉が閉まってしまったのだろう。
そして、閉じ込められたのだ。
40度を越す、高温多湿の屋根裏部屋に。
「芽衣ッ!!芽衣ッッ!!」
愛美さんがいくら呼び掛けても、めーちゃんはぐったりと横たわったままだ。
汗でびしょ濡れの体。
異常なほど赤い顔。
浅い呼吸。
朦朧とした意識。
俺にだって、めーちゃんが危ないことくらい分かる。
だけど。
俺はどうしたら良いか分からなくて。
ただ、ただ。
どきんどきんと、異常なほど大きく速く脈を打つ心臓の音を聞きながら、呆然とめーちゃんを見つめることしか出来なかった。
そうこうしているうちに、ぴーぽーぴーぽーという音が響いて来て。
その音は、俺の家の前でピタリと止まる。
父さんが救急車を呼んだらしい。
そして、また。
俺は何も出来ないままに、抱えられて、連れて行かれるめーちゃんを見つめていたのだった。
◇◇◇
「刹那?」
母さんに声を掛けられて、俺はハッと我に返った。
見渡せば、周りは真っ白な廊下。
目の前には大きな扉。
そうだ、昨日は色々あったけど、めーちゃんはなんとか一命を取り留め、近くの病院に入院したんだった。
そして、俺は今日、母さんと一緒に、めーちゃんのお見舞いに来たんだ。
「あんまりうるさくしちゃ駄目よ?芽衣ちゃん疲れてるんだから」
「……分かってるよ」
「そう?じゃあ、行きましょうね」
母さんは俺に大きな花束を渡して、扉を開けた。
がらり。
スライド式のドアの向こうは、廊下とおんなじ白一色。
壁紙も。
ベッドも。
カーテンも。
シーツも。
全部、白色。
その中で唯一、色を帯びた存在。
めーちゃんだ。
めーちゃんは、俺と母さんの姿をその大きな瞳でとらえると、嬉しそうに笑った。
「せつにぃちゃん!おばさん!」
「こんにちは、芽衣ちゃん」
「きてくれたの!?」
「ええ、調子はどう?」
「ぜんぜんだいじょうぶ!!」
楽しそうに笑う、めーちゃん。
そんなめーちゃんを見て、嬉しいはずなのに、安心したはずなのに。
俺は何も言うことが出来なかった。
だって。
これが、昨日ぐったりしてためーちゃん?
あんなに、死にそうになってためーちゃんなの?
信じられなかった。
だって、めーちゃんはこんなに元気じゃないか。
でも。
その細くて白い腕に刺さった点滴が、痛々しくて。
昨日の出来事が本当にあったことなのだと絶望する。
だって本当に、怖かったんだ。
「せつにぃちゃんっ!!」
名前を呼ばれてハッと顔を上げれば、そこには満面の笑みを浮かべためーちゃん。
その笑顔に反応することも出来ない、俺。
「刹那」
そんな俺の耳元で、母さんがこそこそと耳打ちした。
診察室に愛美さん達居るみたいだから、ちょっと挨拶してくるわね。
芽衣ちゃんのこと、ちゃんと面倒みるのよ、と。
その言葉に曖昧な返事をすれば、母さんは『しゃきっとしなさい』と俺の背中を叩いて、病室を出て行ってしまった。
さて。
残された俺とめーちゃんは。
「…………」
「…………」
ひたすら無言である。
「…………」
「……せつにぃちゃん」
そんな沈黙を破ったのは、めーちゃんだった。
「なに?」
「それ、めいにくれるの?」
それ、と指差された方を見下ろせば、母さんに持たされた花束が。
まぁ、めーちゃんにだろうね。
適当な事を言って花束を差し出せば、めーちゃんは嬉しそうに笑いながらベッドに腰掛けて、それを受け取る。
「きれい、うれしい」
「……そう、良かったね」
「うん。こんなのもらえるなら、たまには“にゅういん”するのも良いかもしれない」
その言葉に。
なんて言うんだろう、うん。
カッと来た。
産まれて初めて。
頭に血が上るっていうのは、こういう状態を言うんだと思った。
ぱあぁんッ!
気付けば俺は、めーちゃんの、病院服から覗く太ももを平手で打っていた。
「ッ、たい!」
「馬鹿かお前はッ!!」
「……ッ!?」
呆然とした表情で俺を見上げる、めーちゃん。
そりゃそうだ。
だって、俺はめーちゃんに手を上げたことも無ければ、怒鳴ったことも無い。
めーちゃんを『お前』呼ばわりしたのも初めてのことだったのだから。
「せつ、にぃちゃ、」
「分からないのか!?下手したら死ぬとこだったんだぞッ!?」
「……ふ、ぅ、ぇ、」
怒鳴り散らす俺と、ついに泣き出しためーちゃん。
普段ならめーちゃんに泣かれるのが苦手な俺だけど、今は話が違う。
どこかプッツン来ていた俺は、めーちゃんの太ももを打ちながら、怒鳴り散らした。