短編小説1

□SとMの追憶
3ページ/5ページ


どうやって屋根裏部屋に上がったのかは分からないけれど、めーちゃんは上がったまま下りられなくなったらしい。
そして、何かの拍子で扉が閉まってしまったのだろう。

そして、閉じ込められたのだ。

40度を越す、高温多湿の屋根裏部屋に。

「芽衣ッ!!芽衣ッッ!!」

愛美さんがいくら呼び掛けても、めーちゃんはぐったりと横たわったままだ。

汗でびしょ濡れの体。
異常なほど赤い顔。
浅い呼吸。
朦朧とした意識。

俺にだって、めーちゃんが危ないことくらい分かる。

だけど。

俺はどうしたら良いか分からなくて。

ただ、ただ。

どきんどきんと、異常なほど大きく速く脈を打つ心臓の音を聞きながら、呆然とめーちゃんを見つめることしか出来なかった。

そうこうしているうちに、ぴーぽーぴーぽーという音が響いて来て。
その音は、俺の家の前でピタリと止まる。

父さんが救急車を呼んだらしい。

そして、また。

俺は何も出来ないままに、抱えられて、連れて行かれるめーちゃんを見つめていたのだった。


◇◇◇


「刹那?」

母さんに声を掛けられて、俺はハッと我に返った。

見渡せば、周りは真っ白な廊下。
目の前には大きな扉。

そうだ、昨日は色々あったけど、めーちゃんはなんとか一命を取り留め、近くの病院に入院したんだった。

そして、俺は今日、母さんと一緒に、めーちゃんのお見舞いに来たんだ。

「あんまりうるさくしちゃ駄目よ?芽衣ちゃん疲れてるんだから」
「……分かってるよ」
「そう?じゃあ、行きましょうね」

母さんは俺に大きな花束を渡して、扉を開けた。

がらり。

スライド式のドアの向こうは、廊下とおんなじ白一色。

壁紙も。
ベッドも。
カーテンも。
シーツも。

全部、白色。

その中で唯一、色を帯びた存在。

めーちゃんだ。

めーちゃんは、俺と母さんの姿をその大きな瞳でとらえると、嬉しそうに笑った。

「せつにぃちゃん!おばさん!」
「こんにちは、芽衣ちゃん」
「きてくれたの!?」
「ええ、調子はどう?」
「ぜんぜんだいじょうぶ!!」

楽しそうに笑う、めーちゃん。

そんなめーちゃんを見て、嬉しいはずなのに、安心したはずなのに。
俺は何も言うことが出来なかった。

だって。

これが、昨日ぐったりしてためーちゃん?
あんなに、死にそうになってためーちゃんなの?

信じられなかった。

だって、めーちゃんはこんなに元気じゃないか。

でも。

その細くて白い腕に刺さった点滴が、痛々しくて。

昨日の出来事が本当にあったことなのだと絶望する。

だって本当に、怖かったんだ。

「せつにぃちゃんっ!!」

名前を呼ばれてハッと顔を上げれば、そこには満面の笑みを浮かべためーちゃん。

その笑顔に反応することも出来ない、俺。

「刹那」

そんな俺の耳元で、母さんがこそこそと耳打ちした。

診察室に愛美さん達居るみたいだから、ちょっと挨拶してくるわね。
芽衣ちゃんのこと、ちゃんと面倒みるのよ、と。

その言葉に曖昧な返事をすれば、母さんは『しゃきっとしなさい』と俺の背中を叩いて、病室を出て行ってしまった。

さて。

残された俺とめーちゃんは。

「…………」
「…………」

ひたすら無言である。

「…………」
「……せつにぃちゃん」

そんな沈黙を破ったのは、めーちゃんだった。

「なに?」
「それ、めいにくれるの?」

それ、と指差された方を見下ろせば、母さんに持たされた花束が。

まぁ、めーちゃんにだろうね。

適当な事を言って花束を差し出せば、めーちゃんは嬉しそうに笑いながらベッドに腰掛けて、それを受け取る。

「きれい、うれしい」
「……そう、良かったね」
「うん。こんなのもらえるなら、たまには“にゅういん”するのも良いかもしれない」

その言葉に。

なんて言うんだろう、うん。

カッと来た。

産まれて初めて。

頭に血が上るっていうのは、こういう状態を言うんだと思った。

ぱあぁんッ!

気付けば俺は、めーちゃんの、病院服から覗く太ももを平手で打っていた。

「ッ、たい!」
「馬鹿かお前はッ!!」
「……ッ!?」

呆然とした表情で俺を見上げる、めーちゃん。

そりゃそうだ。

だって、俺はめーちゃんに手を上げたことも無ければ、怒鳴ったことも無い。
めーちゃんを『お前』呼ばわりしたのも初めてのことだったのだから。

「せつ、にぃちゃ、」
「分からないのか!?下手したら死ぬとこだったんだぞッ!?」
「……ふ、ぅ、ぇ、」

怒鳴り散らす俺と、ついに泣き出しためーちゃん。

普段ならめーちゃんに泣かれるのが苦手な俺だけど、今は話が違う。

どこかプッツン来ていた俺は、めーちゃんの太ももを打ちながら、怒鳴り散らした。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ