短編小説1
□SとMの確信
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つまり、セツ兄ちゃんは。
この、色々な意味でギリギリな状況の私に、ここをどけ、と?
この、隠れるには一番ベストなこのポイントを?
……嘘でしょう?
だって、普通に立ってたら絶対バレるよ?
電車は揺れるし。
人はぎゅうぎゅう詰めだし。
絶対無理だよ!
「すいません、少しだけ、詰めていただけませんか?」
信じられない気持ちで呆然とセツ兄ちゃんを見上げていると、追い討ちを掛けるようにセツ兄ちゃんは同じ台詞を口にした。
無理だよ。
絶対、バレるってば。
そう思うのに、セツ兄ちゃんの言葉なんて無視すれば良いのに、私の体は素直にセツ兄ちゃんに従ってしまう。
心と体が、別々の動きをする。
違う。
心と体と、頭かな。
「ありがとうございます」
頭では駄目だって分かっているのに、心と体が動いてしまって。
酷く素直に、セツ兄ちゃんに服従する。
そんな顔で微笑まないでよ。
流される。
「…………は、ぁ」
ぼぅっとする意識。
ぁ、きた。
頭の隅っこで、理性が悲鳴を上げてる気がした。
いつもの感じ。
世界の全てがセツ兄ちゃんだけになって。
セツ兄ちゃんのことしか考えなくなる。
……だめ。
流されたら、駄目だって。
そんな、瞬間。
ガタンッ!
不意に揺れた車内。
どこにも捕まっていなかった、私。
「…………ぁッ」
スローモーションのように景色が流れていく。
……ぇ、うそ。
ガタンッ!
再び揺れた体。
でもそれは、電車が揺れたんじゃなくて、私が尻餅をついた衝撃だった。
満員電車の中、運悪く少しだけ空いていたスペース。
私はそこに、座り込んでしまったのだ。
足を、投げ出して。
「ッ、……ッッ!?」
ゾッと、指先に針を刺してしまった時のような寒気が体を襲う。
飛び起きるように私はスカートの中が見えないように足を組み直し、その薄い布を押さえ付けた。
ぺたん、と床に付けた内股が生温い。
「…………ぁ、」
汚い電車の床に、そこをもろに付ける姿勢に、病気になったら、とか。
高校生にもなって電車で座り込むなんてみっともない、だとか。
そんなことを考えている暇は無かった。
「ぁ……、ぁ、」
どうしよう。
誰も見てないよね。
誰にもバレてないよね。
どうしよう。
どうしよう。
じんわりと汗が滲む。
あまりの混乱に、視界が涙で滲んでいく。
「……めーちゃん」
そんな私の滲んだ視界に突如現れた、救いの手。
「大丈夫?痛いとことかない?」
セツ兄ちゃんはにっこりと笑ったまま、私に手を差し伸べる。
その手はいつも私をからかって、恥ずかしいめにあわせて。
今の状況だって、その手によって作り出されたものだって、分かっているのに。
なのに。
ぼんやりとした私の意識は、いつものように、その手にすがりついてしまうのだ。
あぁ、また理性の圧倒的敗北か。
◇◇◇
「……めーちゃん」
耳元で聞こえる、妙にかすれた声。
……わざとだ、絶対に。
そう思うのに、分かっているのに、私の体はその意志を無視していちいち反応してしまう。
びくっと跳ねた体。
それを嘲笑うかのように、セツ兄ちゃんは私の腰に回した腕で、更に体を密着させてくる。
「…………ッ」
狭い車内。
そんな中で、セツ兄ちゃんと私は向かい合わせになっていた。
はたから見れば、仲の良いカップルが抱き合ってイチャついてるようにしか見えないだろう。
どこにでも居そうな、夏なんかに見ると暑苦しいカップル。
だけど。
「……めーちゃん、どうしたの?」
「っ、ぅ……」
私達は、そんな微笑ましいもんなんかじゃない。
どうしたの、と、セツ兄ちゃんは極自然に聞いてくるけれど、どうしたもこうしたもないよ、そう叫んでやりたいくらいだ。
私は今、下着を穿いてなくて。
それはセツ兄ちゃんが仕組んだことなんだから、セツ兄ちゃんは良く分かっているはずなのに。
なのに、セツ兄ちゃんは私のお尻を、スカートの上から執拗に撫で回してくる。
「気分でも悪い?」
「……ぁッ、ゃ、ッ、」
最初はスカートが捲れ上がらないように押さえてくれてるのかな、なんて思ったけれど、だんだんエスカレートしてくる手の動きに、その可能性は打ち消された。
「めーちゃん」
セツ兄ちゃんは、私で遊んでる。
「……恥ずかしいの?」
私が恥ずかしがってるのを見て、楽しんでるんだ。
夏用の薄いスカート生地なんて、あって無いようなもので。
手の感触や温かさが、ほぼダイレクトに伝わって来る。
……だめだ、耐えられない。