短編小説1
□SとMの悪戯
2ページ/9ページ
家事は比較的得意なほうだ。
まぁそれもセツ兄ちゃんの技術に比べたら大した事ないんだろうけど。
ぁ、駄目だちょっと落ち込んで来た。
「……とりあえず、行ってくる」
「よろしくねー」
ひらひらと手を振るお母さんに見送られながら、私は約10歩の旅へと向かうのだった。
◇◇◇
「こんにちはー」
私は恐る恐る、月島家玄関のドアを開けた。
最初はちゃんと、珍しくもチャイムを鳴らしてみたのだけれど、返事が無くて。
普段は勝手に入るのだから良いかという結論に至り、ドアを開けたというわけだ。
何の抵抗も無く開いたドア。
そのまま中に滑り込み、静かに靴を脱ぐ。
「お邪魔しまーす」
玄関や、ドア越しに見える部屋の電気は付いていないようだった。
まぁ、こんなに晴れた休日の昼間なら、電気付けてなくても全く問題無いのだけれど。
勝手に掃除や洗濯、炊事などをしても良いんだけど、とりあえずこの家の住民にご挨拶をしなくては。
脳内で誰かが『そんなわざとらしく理由付けしなくったって良いじゃない』などと呟いたが、その意見は無視することにする。
うるさい、私だって色んなとこがギリギリなんだって!
通い慣れた部屋。
その部屋に向かうために私は埃一つ落ちてない階段を上がり、躍り場左手にあるドアを見つめた。
「……すー、はー」
深く息を吸って、吐く。
息苦しかった呼吸が少し楽になった気がした。
あぁ、呼吸法を忘れるほど緊張してたのか、私は。
しょうがないんだってば。
だってセツ兄ちゃんに会うのいつぶり?
最後は、いつ、どこで、…………いや、やめとこう。
思い出しても、喜ばしいことよりも居たたまれない気分になることの方が確実に多いのは分かってるんだから。
「……すぅー、はぁー」
さっきよりも、もっともっと深い深呼吸を繰り返す。
落ち着け、心臓。
そんなにバクバクいってたら長生き出来ないよ?
落ち着いてよ、お願いだから。
今までだって、セツ兄ちゃんに会うのは緊張してた。
ずっとずっと、緊張して死にそうになってた。
けど、この緊張の仕方とは何かが違う気がしてならない。
あの時はセツ兄ちゃんに会うのが嫌で嫌でしょうがなかったけど、でも。
今は。
「…………ふぅ、」
ほっと息を吐いて、私は目の前に佇むドアをノックした。
コンコンッ。
「…………」
緊張した面持ちで待機する私を嘲笑うかのように、ドアの中からは何の音もしない。
いや、『ピー』とか『カタカタカタ』っていう機械音はするんだけどね。
「…………?」
居ないわけないのにな、そんな風に思いながら、再びドアをノックする。
コンコンコン、という乾いた音。
その音が吹き抜けの玄関へ響いただけで、中からの応答は無し。
……もしかして、セツ兄ちゃん倒れてたりする?
そんなことあるわけ無いと思いつつもやっぱり少し不安になって来て、私はもう一度ノックをしてから、目の前のドアを開けた。
「……セツ兄ちゃーん、って、うぇ!?」
ドアを開けて真っ先に視界に飛び込んで来た光景に、驚きのあまり変な声が出てしまう。
「う、わー……」
普段はちょっと神経質なくらい綺麗好きなセツ兄ちゃん。
部屋だって当然片付いている。
でも、今の部屋の中は。
部屋中に散らばった、書類のようなプリント。
参考用だろうか、読み漁られた本達は開いたままに床に転がっている。
とりあえず、床のカーペットが見えないのですが。
……なんと言うか、残状?
「セツ兄ちゃーん?」
プリントや本を踏まないように部屋を進めば、突き当たりに捜索中の人物を発見。
こちらに背を向けたまま、どうやらパソコンに熱中しているようだ。
カタカタカタ、と、凄いスピードでキーボードを叩く音が聞こえる。
その横ではプリンターがフル稼働。
……そら気付かないわけだ。
「…………」
どうしよう、これ。
声掛けて良いものなのかな。
てゆぅか、ブラインドタッチ早すぎるよ凄いなセツ兄ちゃん。
「…………」
触れられるほど近付いても、セツ兄ちゃんは私に気付かない。
後ろからパソコンの画面を覗き込んでみたけれど、私には何が書かれてるか、ちっとも分からなくて。
……気付いて、お願い。
そんな風に念じても無駄だった。
セツ兄ちゃんはパソコンの画面しか見つめていない。
こんなに近いのにな。
なんか、寂しい。
「…………はぁ」
なんだかすごく不毛な気分になって来て、私はほっと息を吐く。
こんなに集中してるセツ兄ちゃんに声掛けてまで急の用があるわけじゃないし、さっさと家事片付けて帰りますかね。
そんなことを思って、セツ兄ちゃんに背を向けた、その瞬間だった。
「……あれ、めーちゃん?」
「ひうわぁッ!?」