短編小説1

□SとMの刻印
2ページ/6ページ


セツ兄ちゃんの言いぐさには……こう、なんと言うか、抵抗があって。
言いなりになんてなりたくない。

「やだ、から、ね」

セツ兄ちゃんは何も言わない。
その沈黙がどこまでも苦しかった、けど。

こ、ここで負けたら駄目だ!

私は冷や汗で濡れた手のひらをぎゅっと握り締めて、セツ兄ちゃんを見上げた。

…………え?

思わず声が漏れそうになる。

どうして。

だって、さっきまで明らかに苛立っていたセツ兄ちゃんが、にこにこと笑っていたから。

…………まずい。

空気は数段明るくなっているのに、焦りは増すばかり。

だって、セツ兄ちゃんは怒ってるより笑ってるほうがタチが悪い。

まずい、今からでも訂正を……!!

そう思って口を開こうとしたら、その前にセツ兄ちゃんが話し始めていた。
いつもの、にっこり笑顔で。

「めーちゃん」
「うぇっ、……え?」
「これ、着て行くつもりなの?」

これ、と言ってセツ兄ちゃんはハンガーに掛けておいた私の水着を摘む。

いまどき逆に珍しい、ワンピースタイプのその水着。
少し子供っぽいかもしれないけれど、太もも部分にレースがあしらわれたその白色の水着は、それなりに気に入っていた。

「……そう、だけど」
「ワンピースタイプかぁ……。白色にピンクのリボン、ねぇ……」
「な、なに……?」

いきなりのファッションチェックに冷や汗が吹き出す。

セツ兄ちゃんが何を言おうとしているのか、正直まるで分からない。

「……逆にやらしいね、ワンピース型」
「えぇッ!?」
「こんなん着て行くんだ?男だらけのプールに?」

おかずにされに行くようなもんだねぇ、とセツ兄ちゃんは薄く笑った。

お、おかず……?
別にお昼ご飯は普通に近くのファミリーレストランで食べると思うけど?

そんなことを思い浮かべつつもそれは言葉にはならず、冷や汗が背を伝っていくばかりで。

まずい、久々過ぎて怖さ倍増。
やっぱり逆らうんじゃなかった、などと後悔してももう遅い。

壁に掛かった水着を見つめていたセツ兄ちゃんが振り向いて。
その笑顔を見た瞬間、『あぁ、もうダメだ』って思いました(作文)。

「分かったよ、めーちゃん」

だって、ほら。

「行けるもんなら、行っちゃえば?」

すっごい、良い笑顔。


◇◇◇


「ぁ、う……ん、んッ」

部屋の中はクーラーがかかっているってのに、体が酷く熱い。

壁に押し付けられた私。
そんな私の首筋に顔をうずめる、セツ兄ちゃん。

なにを思ったか、『行けるもんなら、行っちゃえば?』なんていう、らしくもなく挑戦的な台詞を吐いたセツ兄ちゃんは、にこにこと笑いながら私を壁に押し付けて。
なにを思ったか、私の首筋に噛みついたり舐めたりしてくる。

「ひっ、ぃ、や……や、」

首に歯を立てられると、噛み切られるわけなんて無いとは思いつつも体が震える。
本能というやつか。

昔見た動物番組の、狼にくわえられた小動物を思い出した。

こわい、……こわい。
噛み切ったりしないよね?
ねぇ、ねぇってば……。

話し掛けたいのに、口を開けば変な悲鳴が出そうで何も言えない。

「ふ、ぅ、……ぁ、あっ!」

首筋にちくっとした痛みを覚えたと思ったら、体が勝手にびくりと跳ねて。

なに、なにが起こったの?

目を白黒させているであろう私に気付いたのか、セツ兄ちゃんがこの行為を始めてから、初めて顔を上げた。

「……めーちゃん?」
「な、なに……なに、したの?」
「なんにもしてないよ?」

ふふ、とヤケに嬉しそうなセツ兄ちゃん。

……嘘つき。
絶対なにかした。

「……可愛いね、めーちゃん」

そう、咎めるように睨み付けても、セツ兄ちゃんは楽しそうに笑うだけで。
再び私の首に口をつけた。

「ぁ、……やだ、ぁ、ッん」

セツ兄ちゃんが何をしたいのか、何をしようとしてるのか、全く分からない。

でも。

「だめ、だ、……ッめ、ぇ、」
「ん……、ふ、」

自らの変に上擦った声だとか。
セツ兄ちゃんの妙に色っぽい吐息だとか。

時折漏れる唾液の濡れた音、だとか。

そんな、この部屋には似つかわしくない音達が、エアコンの音と混じり合って。

それがすごく、異常で、非道徳的で。

やらしいことなんだって、どこか頭の隅っこで理解してた。

「ぃた、ぃ……ぁッ、あ、あッ」
「めーちゃん、声抑えて……基希さんも愛美さんも居るんでしょ?」
「ぇ、え……?」
「聞こえちゃうよ、下まで」

めーちゃんのやらしい声、と。
壮絶なまでに色っぽい、吐息を含んだ声で言われて、かあぁっと顔が熱くなった。

「誰のせい、ッで……!」
「あは、俺のせいだね。でもめーちゃんも悪いんじゃない?」
「な、なんっ……」
「だって、抵抗らしい抵抗しないしさ。誘われてるのかと思ってね」


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ