短編小説1
□SとMの刻印
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セツ兄ちゃんの言いぐさには……こう、なんと言うか、抵抗があって。
言いなりになんてなりたくない。
「やだ、から、ね」
セツ兄ちゃんは何も言わない。
その沈黙がどこまでも苦しかった、けど。
こ、ここで負けたら駄目だ!
私は冷や汗で濡れた手のひらをぎゅっと握り締めて、セツ兄ちゃんを見上げた。
…………え?
思わず声が漏れそうになる。
どうして。
だって、さっきまで明らかに苛立っていたセツ兄ちゃんが、にこにこと笑っていたから。
…………まずい。
空気は数段明るくなっているのに、焦りは増すばかり。
だって、セツ兄ちゃんは怒ってるより笑ってるほうがタチが悪い。
まずい、今からでも訂正を……!!
そう思って口を開こうとしたら、その前にセツ兄ちゃんが話し始めていた。
いつもの、にっこり笑顔で。
「めーちゃん」
「うぇっ、……え?」
「これ、着て行くつもりなの?」
これ、と言ってセツ兄ちゃんはハンガーに掛けておいた私の水着を摘む。
いまどき逆に珍しい、ワンピースタイプのその水着。
少し子供っぽいかもしれないけれど、太もも部分にレースがあしらわれたその白色の水着は、それなりに気に入っていた。
「……そう、だけど」
「ワンピースタイプかぁ……。白色にピンクのリボン、ねぇ……」
「な、なに……?」
いきなりのファッションチェックに冷や汗が吹き出す。
セツ兄ちゃんが何を言おうとしているのか、正直まるで分からない。
「……逆にやらしいね、ワンピース型」
「えぇッ!?」
「こんなん着て行くんだ?男だらけのプールに?」
おかずにされに行くようなもんだねぇ、とセツ兄ちゃんは薄く笑った。
お、おかず……?
別にお昼ご飯は普通に近くのファミリーレストランで食べると思うけど?
そんなことを思い浮かべつつもそれは言葉にはならず、冷や汗が背を伝っていくばかりで。
まずい、久々過ぎて怖さ倍増。
やっぱり逆らうんじゃなかった、などと後悔してももう遅い。
壁に掛かった水着を見つめていたセツ兄ちゃんが振り向いて。
その笑顔を見た瞬間、『あぁ、もうダメだ』って思いました(作文)。
「分かったよ、めーちゃん」
だって、ほら。
「行けるもんなら、行っちゃえば?」
すっごい、良い笑顔。
◇◇◇
「ぁ、う……ん、んッ」
部屋の中はクーラーがかかっているってのに、体が酷く熱い。
壁に押し付けられた私。
そんな私の首筋に顔をうずめる、セツ兄ちゃん。
なにを思ったか、『行けるもんなら、行っちゃえば?』なんていう、らしくもなく挑戦的な台詞を吐いたセツ兄ちゃんは、にこにこと笑いながら私を壁に押し付けて。
なにを思ったか、私の首筋に噛みついたり舐めたりしてくる。
「ひっ、ぃ、や……や、」
首に歯を立てられると、噛み切られるわけなんて無いとは思いつつも体が震える。
本能というやつか。
昔見た動物番組の、狼にくわえられた小動物を思い出した。
こわい、……こわい。
噛み切ったりしないよね?
ねぇ、ねぇってば……。
話し掛けたいのに、口を開けば変な悲鳴が出そうで何も言えない。
「ふ、ぅ、……ぁ、あっ!」
首筋にちくっとした痛みを覚えたと思ったら、体が勝手にびくりと跳ねて。
なに、なにが起こったの?
目を白黒させているであろう私に気付いたのか、セツ兄ちゃんがこの行為を始めてから、初めて顔を上げた。
「……めーちゃん?」
「な、なに……なに、したの?」
「なんにもしてないよ?」
ふふ、とヤケに嬉しそうなセツ兄ちゃん。
……嘘つき。
絶対なにかした。
「……可愛いね、めーちゃん」
そう、咎めるように睨み付けても、セツ兄ちゃんは楽しそうに笑うだけで。
再び私の首に口をつけた。
「ぁ、……やだ、ぁ、ッん」
セツ兄ちゃんが何をしたいのか、何をしようとしてるのか、全く分からない。
でも。
「だめ、だ、……ッめ、ぇ、」
「ん……、ふ、」
自らの変に上擦った声だとか。
セツ兄ちゃんの妙に色っぽい吐息だとか。
時折漏れる唾液の濡れた音、だとか。
そんな、この部屋には似つかわしくない音達が、エアコンの音と混じり合って。
それがすごく、異常で、非道徳的で。
やらしいことなんだって、どこか頭の隅っこで理解してた。
「ぃた、ぃ……ぁッ、あ、あッ」
「めーちゃん、声抑えて……基希さんも愛美さんも居るんでしょ?」
「ぇ、え……?」
「聞こえちゃうよ、下まで」
めーちゃんのやらしい声、と。
壮絶なまでに色っぽい、吐息を含んだ声で言われて、かあぁっと顔が熱くなった。
「誰のせい、ッで……!」
「あは、俺のせいだね。でもめーちゃんも悪いんじゃない?」
「な、なんっ……」
「だって、抵抗らしい抵抗しないしさ。誘われてるのかと思ってね」