短編小説1

□お義父さん
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あの男を『おとうさん』だなんて、絶対に呼んでやらない。















『お義父さん』















朝、目が覚めたら一番にすること。

まず顔を洗って、化粧水をして。
それから制服に着替えて、顔に化粧品を塗ったくる。
髪は丁寧にとかして、綺麗に纏めて。

ぼんやりしたままキッチンへ向かい、コーヒーメーカーの電源を入れる。
朝食の用意をしなければ。
母さんと二人暮らしの時から朝ご飯は作っていたけれど、その時は適当に焼いたパンとかオムレツだった。

でも、今は。

朝から昨日炊いたご飯を温めて、冷蔵庫にある食材で味噌汁とおかずを作って、出汁巻きを焼く。
今日は魚があるからそれを焼こう。

目を瞑っていても出来るんじゃないかと思うくらい、手慣れてしまったその作業。

毎日繰り返される、毎日同じ日常風景。

今日もそれに違いなどあるはずが無く、私は黙々とテーブルに二人分の食事や食器を並べて行く。

それから。

一階の和室へと向かい、そこで眠っている男を起こさなければ。

がらりと音を立てた引き戸。

いつもと変わらない日常。
いつもと変わらない風景。

あなたは今日も静かな寝息を立てている。

「……かずひこさん」

枕元で名前を呼べば、ぴくりと震える長いまつげと白い瞼。

毎日同じ日常。
毎日同じ風景。

「和彦さん」

今度は明確な意志を持って名前呼んだ。

私の声は震えていないだろうか。
いつもと同じように、いつもと同じ声でこの人の名を呼べているのだろうか。

「和彦さん」

3度目の私の声で、やっと目の前の男は瞼を開いた。
ぼんやりとしたままの瞳が私を捉える。

毎日同じ日常。
毎日同じ瞳の色。

「…………みよこ、さん?」

今日もあなたは私の名を間違える。

「……硝子です」
「…………あぁ、そうか、ごめんね」
「………………いいえ」

それより起きて下さい、と声を掛ければ、いつも悪いね、といつも通りの答えが返って来る。

いつもと同じ日常。
いつもと同じ会話。

名前を間違われることにも慣れてしまった。

「ご飯、出来てますから」

そう言って、もそもそと着替えをしている男を残し、和室を後にする。

いつも通りの日常。

再びキッチンへと戻り、男のマグカップにコーヒーを注ぐ。
それをテーブルに並べたころ、丁度良いタイミングで男が和室から出て来た。
服装はパジャマから適当な部屋着へと変わっている。

この男は小説家なのだ。

「ぁ、今日は魚があるんだ」

そう言って男は嬉しそうにテーブルに付き、いただきます、と私に笑いかけてからマグカップに手を掛けた。

毎日同じ日常。
毎日同じ風景。

不思議な人だ。
朝ご飯は和食派なのに、朝のコーヒーが無いと目が覚めないなんて。

「今日は何時くらいに帰ってくるの?」
「いつもと同じです」
「……そっか、分かった」

無愛想な私の言葉に少しシュンとしながら答えるこの男は、私の母の再婚相手である。

再婚相手、というのも語弊があるな。

歓楽街でふらふらと生活していた私の母は未婚のままに私を産み、しばらく母娘の二人で生活していたのだが……一年ほど前に、目の前でコーヒーを啜っているこの男と結婚したのだ。

だから、母さんは初婚だった。
私は本当の父親の顔どころか、名前さえ知らないけれど。

それでも、母さんも母さんの旦那も……和彦さんも、幸せそうだった。

だけど。

今この家に母さんは居ない。
半年ほど前に行方を眩ませたのだ。


 
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