短編小説1

□お義父さん
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私はすぐに理解出来た。

あぁ、私達は捨てられたんだ、と。

母さんはもともと家庭に入れるような女じゃなかった。
根無し草のような生活が性分に合っている人だと、ずっと一緒に生きていた私は分かっていたから。

でも、目の前の哀れな男は違った。

いつかは母さんが帰って来ると、半年経った今でも信じ続けて居る。
帰ってくるはずが無いのに、夢に見るほど母さんを想い続けているのだ。

哀れなひと。

「……和彦さん」
「ん?」
「私、部活動に入ろうと思うんです」

あなたと一緒に家に居る時間が苦痛だから、とは言わなかった。

男は魚を解す手を止めて、私を優しげな瞳で見つめる。
……やめて欲しい。

「そうか、……そうだね、良いことなのかもしれないね」
「……はい」
「何部に入るつもりなの?」
「……家庭科部に」
「そっか……硝子ちゃんもお料理得意だもんね、美代子さんも、」

男は母について語り続ける。
料理が上手だった、とか、裁縫や刺繍が得意な器用な人だった、とか。

そんな、いつもと同じ、母さんを褒め称える男の言葉を聞きながら、私はうんざりする。

あの女が本当にそんなこと出来たと思う?
あの、色気以外にはなんの取り柄も無かったあの女に。

あなたの言っているお弁当は私が母さんに言われて作ったものだし、3人で住んでいた頃の家事も全部私がやっていたのよ?
あなたは知らなかったでしょうね。
だって全部あなたが眠っている時の出来事だったし、母さんは自分にとって有利に立ち回るのだけは上手い人だったから。

だから。

あなたが言うようなことを出来るのは母さんじゃなくて、私なの。
あなたが好きになるべきなのは私なのに。

「硝子ちゃん?」

ぼんやりと味噌汁に映る自分の姿を見ていたら、不意に声を掛けられた。
ゆっくり視線を上げて見つめれば、目の前の男はあからさまに肩を揺らして驚いている。

……なんですか?

「……いや、最近ますます美代子さんに似てきたなって、思って、」

やめてくださいよ。
私も味噌汁に映る自分を見てそう思ってたところなんですから。

「それより、大丈夫?ぼんやりしてるみたいだけど……?」
「大丈夫です。和彦さんに心配していただくほどのことではありません」
「…………そう、か」
「ええ。お先に失礼しますね」

和彦さんが私を通して母さんを見ている気がして、耐えられなくて。
私は食事もそこそこに席を立った。

準備は私、片付けは和彦さん。
そういう役割だから片付けはしない。

毎日同じ日常。
毎日同じ風景。

「……失礼します」

母さんと間違わないで。
私の中の母さんの面影を見つけないで。
私を見て。
私の名前を呼んで。

私を、愛して。

「硝子ちゃん」

名前を呼ばれて振り返る。
そこには、切なそうに私を見つめる男が居た。

「硝子ちゃん」

あなたが見ているのは私?

それとも。

私の中の、母さん?

「おとうさんって、呼んでくれないか……?」

毎日同じ日常。
毎日同じ風景。

私は今日も隠し続ける。

「……行って来ます、かずひこさん」





あなたを『おとうさん』だなんて、絶対絶対呼んでやらない。



























END.






 
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