短編小説1

□恋心は呼吸する
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あなたは空気のようなひと。

















『恋心は呼吸する』
















秋の夕暮れ。

教室に差し込む、真っ赤な夕日。
グラウンドに響く運動部の声。

きれい。

でも、息が苦しい

「なぁ、いーじゃん?やり直そうよ」
「…………いや」
「なんでよ?前なら誰とでも付き合ってたじゃん」

今更じゃね?と、そう言って私の腕を放さないのは、クラスメートの男子。

夕暮れ、放課後の教室。
名前も忘れたクラスメートと二人きり。

私は早く図書室に行かないと。

「……もう、前の私じゃない」
「今更偉ぶるんだ?」
「……べつにそんなじゃないよ。……じゃあ、私、急ぐから」

そんな風に声を掛けてから教室を出ようとしたら、遮るように腕を引っ張られた。

…………なに。

「どこ行くんだよ」
「……図書室」
「図書室、ねぇ……」

おかしそうに笑いながら、目の前の男は私を舐めまわすような目で見る。

……なにが言いたいの。
似合わないってのなら自覚してるわよ。

「いーや?……図書館、ってことはあのウワサはほんとなわけ?」
「……うわさ?」
「D組の尻軽女がA組の藤堂と付き合い始めた、ってやつ」

A組の藤堂。

今も図書室で読書をしているであろう、あの清潔そうな黒髪が目に浮かぶ。

短い前髪。
薄い唇。
真っ黒の学ラン。

あぁ、早く図書室に行かなくちゃ。

「……関係無いじゃない」
「今の間はなんなんだよ?え、もしかしてほんとに?」
「あんたには関係無い」

付き合ってるわけじゃない。

でもきっと、今それを言ったら話はもっと長くなる。

「どこが良いわけ?あんな勉強くらいしか取り柄の無い眼鏡が」
「……勉強出来れば充分じゃないの」
「地味じゃん、あいつ。廊下歩いてても目に付かないっつーか、根暗っぽいっつーか?……どこが良いわけ?」

そんなのあんたに言う必要無い。

こんなヤツにあのひとのことを話したら、あのひとが汚れる気がする。
価値が下がる気がする。

そんなの許せない。

「あんたに関係無い」
「関係無いの一点張り、か」

はは、と男は肩を竦めて笑った。
その横顔は夕日で真っ赤に映し出されていて。

……違う、この横顔じゃない。

息が苦しい。

「……私、急ぐから」

今度こそ、この場を去ろうときびすを返した私の腕を、夕日に照らされた男が再び引き留めた。

息が出来ない。
胸が苦しい。

はやく、としょしつにいかなきゃ。

「……放して」
「参考までに聞かせてくんない?藤堂のドコがそんなに良いのか」
「……関係無いって、言って、」
「じゃなきゃ勿体ねーよ。お前が藤堂なんかに留まるの」

そう言って男は私の髪を指先で遊ぶ。

「やめて」

さわらないで。

そこは、あのひとにも触られたこと無いんだから。

「なに、藤堂に操でも立ててんの?」
「……そんなんじゃない」
「お前がそこまでするなんてな……どんなヤツなわけ?藤堂って」
「…………」

目を閉じれば浮かぶ短い黒髪。
レンズの奥に隠された涼しげな目元。
いつも微笑を湛える薄い唇。

きっちりと留められたボタンに、真っ黒の学ランが似合ってて。

ページを捲る細い指先。
夕焼けを見つめる眩しげな目線。

図書室に流れ込む風。

短い黒髪が、誘われるように揺れて。

そんなあなたの近くなら、私は。

……そう、あなたは。

「空気みたいなひと」
「……空気、って」

彼氏に向かって空気はヒドいだろ、と目の前の男は笑う。

……なにがおかしいの。

息が苦しい。


 
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