短編小説1

□恋愛症候群
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恋を愛に変えられない。

あの頃、きっと。

私たち。

子供過ぎたんだろうね。
















『恋愛症候群』
















いつからだろうか。

あなたが私を見なくなったのは。

「はぁ……、」

街で一番大きな美術館。
その入り口、それなりに人の出入りの激しいその場所で。

私は一人、ぼんやりと雲行きの怪しい空を眺めていた。

雨が降ったら困るなぁ、とか。
やっぱり冬は独特の曇り方するなぁ、とか。

そんな事を思っているわけではない。

ただ、私は……。

「ごめんッ、遅れた!」

そんな声がして、私はとっさに空を見上げていた視線を地上に戻す。

悠一かもしれない、なんて、淡い期待を無意識に抱いたのだろう。

本心でなら、分かっているのに。

「もー、さいってー」
「悪かったって!」
「……お昼、奢ってくれるなら許す」

目の前で繰り広げられる、ドラマみたいにそれ“らしい”会話。
らしい、というのもおかしいか。
彼らはどこからどう見ても、仲睦まじい“カップル”なのだから。

……これが、私が空を見上げる理由。

今、私が立ち尽くしている場所は美術館の前。
そして、この、街で一番大きな美術館は若者達の定番デートスポットで。

私がぼんやりと空を見上げている間に、何組のカップルが館内へと入って行ったのだろうか……。

知らない。

見てなかったし、見たくなかった。

……だから、空を見上げてた。

「…………はぁ、」

本当なら、私、だって。

私だって、あのカップル達と同じようにドラマみたいな会話して、二人で館内へと入っていくはずだった、のに。

あなたは、来ない。

「……ひどいよ」

今日は特別な日なのに。

他のカップル達からしたら、ただの休日ってだけかもしれない。

でも。

私にとっては。
私たちに、とっては。

とてもとても、大事で特別な日、なのに。

「…………ひどいよ」

今日は私の誕生日。

それから。

私たちが付き合い出した記念日、なのに。

「いくら3年目だからって……、」

いつから、だろうか。

あなたが私を見なくなったのは。

……いつから、だろうか。

あなたが前ばかり見つめるようになったのは。

……違う。

あなたがどこを見ているかなんて、私には分からない。
あなたはどこか遠くを見つめて、私を見なくなってしまったから。

私に飽きたの?
誰か好きな人が出来たの?

聞きたいのに、怖くて聞けない。

きっと。

肯定されるか沈黙か、答えはそのどちらかだと、私は分かっているから。

どうして?
なんで?

私はこんなにもあなたが好きなのに。
私が一番、あなたを好きなのに。

あなたは何も分かってない。




「……ごめんッ、冬子、っ」




名前を呼ばれて、振り返る。

そこには、冬だというのに汗だくになって、肩で息をする悠一が居た。

「はぁ、ッ、ごめっ、……はぁッ、っ、遅く、なっ、」

どうしたの?
なにかあったの?
大丈夫?
走って来てくれたの?
苦しいでしょう?
すぐに喋らなくて良いよ?

「ごめん、ッ、は、ぁ……ごめ、」

良いよ、そんなに謝らなくて。
大丈夫だから。
そんなに待ってないよ。
でも、寂しかったな。
だから今日はずっと一緒に居てね。

「ッ、……とう、こ?」

言いたいことはたくさんあるのに。
言わなきゃいけないことは、たくさんあるのに。

悠一が来てくれて嬉しいのに。
安心してるのに。

頭を、体を、占領して行くのは。

焼け付くような“怒り”だけだった。

「っ、なに、考えてるの……!」

違う。

こんなことを言いたいわけじゃない。
こんな顔をしたいわけじゃない。

なのに、止まらない。

「信じらんないッ!なんで遅刻するのッ!?どうゆう神経してんのッ!?ねぇッ!?」
「……ごめん、」
「謝ればすむと思ってるのッ!?それにねぇッ、一回なら私もとやかく言わないわよッ!?」

そう、今回が初めてじゃない。

ここ数ヶ月前から、ずっと。

あなたは遅刻が多い。
会えない日も多くなっていた。

「ほんッ、と信じらんないッッ!!」

こんなこと言いたいわけじゃない。
怒ってないよ、早く入ろって、笑って言いたいのに。

「悠一の馬鹿ッ、なんなのよッ、」

怖い。

好きな人が出来たんだ。
他に付き合ってる人が居るんだ。
冬子なんかもう好きじゃない。

そう言われるかもしれない、そう言われたくない、そう言われたら……!

怖くて怖くて、悠一が何かを言う前に私が叫ぶ。


 
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