短編小説1

□恋愛症候群
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怖い、怖い、怖い。

言わないで。
言わないよね。

だって私はこんなに悠一が好きなのに。
私が誰よりも悠一を好きなのに。

あなたは何も分かってない。

「誰かと会ってたの……ッ!?」

そんなはずないって、そうだとしたら死んじゃうって、そう思うのに。
私はそんな言葉を吐き出していた。

「ねぇ、誰かと会ってたんでしょっ!?」
「ちがっ、そんなわけないだろ!」

それまで何かを言いたそうにしながらも黙っていた悠一が、私の言葉に反論する。

その否定が嬉しいはずなのに。
その言葉が欲しかったはずなのに。

私はその反論に苛立った。

「嘘吐かないで!別れたいなら別れたいって言えば良いじゃない!!」
「そんなわけ、っ、………………冬子、ここじゃ、まずいよ、どこか、」
「はぐらかさないでよッ!!」

人通りの多い美術館。
私たちを見つめる通行人。

悠一の言い分は真っ当だ。

でも、今は周りばかり気にする悠一が許せなくて。

「最低最低最ッ低ッッ!」

疑って、憎んで、苛立って。

悠一のことが好きなはずなのに。
大好きなはずなのに。

自分の感情がコントロール出来ない。

「もう私なんてどうでも良いんでしょう!?好きな人が出来たんでしょう!?」
「そんなわけないだろッ」
「うそよ!!ふざけないでッ!!」

嘘よ。
嘘ばっかり。

だってあなたは私を見ないじゃない!
どこか遠くを見てるじゃないの!!

「嘘じゃない!冬子しか居ないッ!!」

嘘。

うそ、うそ、うそ。

あなたの言葉なんて信じられない。
私を見ないあなたなんて信じられない。

「冬子を愛してる……ッ!!」

その言葉が嘘じゃないと言うのなら。

「私を見てよッ……!!」

私を見て。

「私の方を向いてよッ……!!」

私の方を向いて。

「遠くなんて見ないでよッッッ!!!!」
















「……………………別れよう」















自らの荒い息遣い。
狂ったように脈打つ心臓。

悠一の、落ち着いた声。

「………………ぇ?」

何を言われたかなんて分からなかった。

でも。

熱くなった体がどんどん冷えて行く。

「別れよう、冬子」

なに?

なにが起こったの?

「……冬子、」

何を言っているの?
悠一は、何を言ってるの?

そんな落ち着いた顔して。
そんな落ち着いた声で。

なにをいっているの?

「……………………ぃゃ、」

軽いパニックを起こした頭。
言葉は自然と零れ落ちていた。

「ぃや、いや、いやよ、」

別れる?

誰と誰が?

私と悠一?

そんなわけないよ。

「…………冬子、」
「わかれる?どうして?」

だって。

私は悠一が大好きで。
私には悠一が一番で。

こんなにも好きなのに。

こんなにも、こんなにも。

好きなのに。
私が一番、悠一を好きなのに。

「どうして、どうして……、」
「……冬子」

縋る思いで見つめた悠一は、酷く落ち着いた顔をして私を見つめていて。

その表情に、……あぁ。

そんなわけない。

「……ごめん、なさい」

どうしてそんな顔するの。
どうしてそんな、諦めたみたいな……!

「ごめんなさいッ、ごめ、ごめんッ、悠一、嘘よ、ごめんなさいッ」

ごめんなさい、私、我が儘言ったよね、悠一を困らせたね、ごめんなさい、謝るから、ねぇ、早く美術館入ろうよ、ここは寒いから、ねぇ、早く。

「もう、我が儘言わないからッ」

だって今日は大切な日で。
私の誕生日で、私が付き合い始めた日で。

だからそんなわけない。
もう駄目だなんて。

そんなわけない!

「ゆういち、ねぇ、はやく、はいろぅ、」
「……冬子、」
「ねぇ、ゆういち、」
「冬子!」

名前を呼ばれて。
強い力で肩を掴まれて。

見上げた悠一の顔は、告白してくれたあの日みたいに、緊張していた。

「……冬子、わかってるだろ?」

分からないよ。

「…………もう、駄目なんだよ」

そんなわけ無いよ、そんなわけ無い。

「別れよう、お互いの、ため、に……」

どうして、ねぇ、どうして。
私は悠一が好きで、悠一しか見て来なくって、それで、それで、なのに、どうしてそんな、そんなこと言うの?

どうしてそんな顔するの。
どうして、そんな……。

覚悟、決めた、ひと、みたいに……。

「…………どうして、」

言ったじゃない。

私を愛してるって。
私だけだって。

「どうして、どうして、ッ」

言ったじゃない。

25歳になったら結婚しようって。
三年生になったばっかりの頃、そう言ってくれたじゃない。

「どうして、悠一、悠一、悠一、」


 
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