短編小説1

□SとMの休日
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そんな説明を受けながら二階のセツ兄ちゃんの部屋へと進む。
それなりに重かったはずのボストンバッグを軽々と運んでくれる、その姿に少し警戒心を解いてしまった。

……警戒心、か。

その単語にあまり良い思い出は無い。

「……さて、と」

最後に入ったセツ兄ちゃんの部屋は修羅場だった……って言っても、ダミーだったんだけど。
とにかく、あの時とは比べ物にならないくらい片付いたセツ兄ちゃんの部屋。

「それじゃめーちゃん、行こうか」

その床にボストンバッグを下ろしてから、セツ兄ちゃんが振り向いた。

行こうか……って?
どこに行くの?

「どこって……ショッピングモール」
「……どうして?」
「ショッピングモールは買い物するところでしょ?」

それくらい分かるもん!

「晩御飯の材料が無いから、買いに行かないとね。なににしよっか……めーちゃん何が良い?」
「…………辛くないものなら、なんでも良いです」
「あはは、めーちゃんってば面白いこと言うねぇ」

くすくす笑いながら自分のお財布をジーンズのポッケにねじ込むセツ兄ちゃん。

「ねぇ?めーちゃん」

優しそうな、笑顔。

「…………楽しいねぇ、」

私を見下ろしたセツ兄ちゃんの目は、一見優しそうに見えるけど。

その奥の、奥。

そこには、穏やかなる激情が見え隠れしていた。

「4日間、よろしく?めーちゃん」

……はは、そんなまさか、まさか。

ズキン。

胃が痛んだのは、ずいぶん前に食べさせられたカレーの記憶か。
それとも精神疲労か。

……まぁどっちにしろ、私にとっての結果は同じなんですけどね。


◇◇◇


近所のショッピングモール。

そこへ行けばだいたい何でも揃う、それなりの大きさを誇るその場所は、私達の家からは徒歩で30分ほど離れた場所にある。

そこまでの道のりをセツ兄ちゃんの操縦による自転車に二人乗り。
……本当は二人乗りって禁止されてるから、よい子は真似しちゃいけませんよ。

乗ってる自転車は幸子さんの物。

セツ兄ちゃんがいつも乗ってるやつは『後ろに座席が無くて危ないから駄目』だって、セツ兄ちゃんがそう言うから幸子さんのママチャリをお借りした。

「めーちゃん、お尻とか痛くない?」
「大丈夫だよ!お座布団引いてくれたから全然痛くない!」
「そう、それなら良かった」

そんな会話をしながら、セツ兄ちゃんの穏やかな運転に身を任せて。
目の前の、見た目の割りにはガッシリしたセツ兄ちゃんの腰に腕を回す。

頬を撫でる風に目を細めて。
セツ兄ちゃんのさらさらの黒髪が風に揺れるのを、盗み見て。

そんなことしてたら、なんかこんなのも良いかもしれない、なんて気分になってくる。

「もうすぐ着くから、もう少しだけ我慢してね」
「全然大丈夫だよ!」
「それにしてもめーちゃんてば軽いなぁ。ちゃんと乗ってる?」
「あははっ!ちゃんと食べてる?じゃなくて?」
「だって乗ってないみたいに軽いから」

そう言って笑う姿は、本当にただの大学生にしか見えない。

ただちょっと、人より顔が綺麗で身長が高くて、良い声してるだけ。
中身を言えば、頭も良いけどね。

とても、人の苦手なモノを食べさせたり人に無理矢理ピアス空けさせたりパンツ脱がせた女の子を電車に乗せたりするような人には見えないのになぁ。

「めーちゃん?」
「……え?な、なにっ?」
「どうかした?黙っちゃって」
「な、なんでも無いよ!」
「そう?なら良いんだけどね」

ほら、優しそうに見えるじゃないか。

あくまで、『優しそう』に『見える』だけなんだけどね。

「……はい、到着」

セツ兄ちゃんの、風に揺れる黒髪の間からちらほら見える、ささやかなピアスが目に入ってめまいがした。

そんな私をよそに、セツ兄ちゃんはモール前の駐輪場に自転車を停めて、私に手を差し出してくれる。

「掴まりなさい、危ないから」

優しい言葉。
優しい仕草。

でも。

目だけは『掴まれ』と命令形の威圧感を含んでいる。

「……アリガトウゴザイマス」
「どういたしまして」

素直に従う私は、賢いと思う。

「めーちゃん、どこか見たい店とかある?」
「んー、特には無い、かな」

自動扉を抜け、ショッピングモールの中を歩きながら、なぜか足は自然と食料品売り場へと向かっていた。

でも、その道すがら。

ショーウィンドウやマネキンに飾られた、秋色の洋服にどうしても目が行ってしまう。
特に欲しいとかじゃないんだけど。

あぁ、秋だなぁって。
ニットワンピとかブーティとか可愛いけど、身長の低い私には厳しいなぁって。

そんなことを思いながら見つめていたら、とあるマネキンに目が止まった。


 
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