短編小説1
□SとMの関係
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嘘を吐いてしまった罪悪感を誤魔化すように、私は再びブランコを揺すった。
「それにしても、芽衣ちゃんといい刹那といい、秋は人を悩ませるのかねぇ?」
「……セツ兄ちゃん?」
「あれ?刹那から聞いてない?」
中西さんは意外そうに首を傾げて、私を見つめてくる。
聞く、って……なにをですか?
「いや、あいつ今度の昇段試験受けるでしょ?」
「ぁ、それなら聞きました」
「うん。でね、その試験で合格したら、プロポーズするんだってー」
ガタンっ!
あまりの衝撃に、ブランコから落ちてしまった。
…………地味に痛い。
「どうしたのッ!?大丈夫ッ!?」
「あはは……だいじょうぶ、です」
引きつった笑顔だろうけど、とりあえず笑っておく。
上手く誤魔化せてれば良いんだけど。
……それにしても。
中西さんに……お友達に話すくらい、セツ兄ちゃんの中での“プロポーズ”は決定事項なわけね……。
さすが、と言うか何と言うか……。
「ぁ、でもプロポーズってのもおかしいのかな……、」
中西さんにバレないように溜め息を吐いて、制服に付いてしまった砂を払っていたら、再び中西さんが口を開いた。
「おかしい、って……なにがですか?」
至極、軽く。
特になんとも思わずに、そう問い掛けてしまったのは仕方が無いことだと思う。
だって。
「もうとっくにプロポーズして、相手の子からオーケーの返事貰ってるみたいだから」
まさか、そんな答えが返って来るなんて、思ってもみなかったんだから。
「…………ぇ?」
「なんかねぇ、もう返事は貰ってるらしくて……あとは指輪渡すだけだって言ってたんだけど……。刹那からなにも相談されてない?」
「……ぃぇ、」
……知らない、そんな話。
「相手が誰かってのは絶対口を割らないから知らないんだけどねー。みんなで弓道会の中の誰かじゃないかって言ってんだー、案外可愛い子多いから」
「……そ、ですか」
確かに、そうかもしれない。
昇段試験で合格したら、とまで言ってるんだから……。
「……ね、そんなことより芽衣ちゃんって彼氏居るの?休みの日とか、暇な日あったら一緒にどっか行ったりとか、」
隣で中西さんが話し続けてる。
でも。
そんな声、耳に入って来なかった。
闇を落とし始めた空。
住処へと帰って行く烏達。
頬を撫でる、冷たい風。
そんな、全てのものが。
私を嘲笑っているようにさえ感じて。
……馬鹿みたいだ、私。
一人で早とちりして。
一人で浮かれて。
……馬鹿みたい。
「…………芽衣ちゃん?」
そうだよ、考えてみればすぐに分かることだったんだ。
だって。
私とセツ兄ちゃんの関係は。
だだの幼なじみで。
付き合ってるわけでも、なくて。
それに。
セツ兄ちゃんは私に色んなことをして来るけれど。
好きだ、なんて言われたこと無い。
唇にキスされたことだって、無かったのに。
確かに『可愛い子は好き』だとか、『賢い子は好き』だとかは言われたことあるよ。
でも、それは、きっと。
セツ兄ちゃんに従順な『可愛い子』、みんなに。
セツ兄ちゃんの言いつけを守る『賢い子』、みんなに、言ってることなんだ。
……なぁんだ、だったら。
私はからかわれてただけじゃない。
なのに。
好かれてる、だなんて勘違いして。
調子に乗って。
…………馬鹿みたいだ、私。
ぼんやりとする意識。
自分がどこを見ているかさえ分からない、そんな視界の中で。
絶望だけが私を支配する。
気付けば、空はすっかり闇を落としていて。
隣に中西さんの姿は無かった。
「…………さむい、」
呟いた言葉は。
頬を撫でる風に向けたものなのか。
自分の心に向けた、ものなのか。
……どっちでも良いけれど。
すっかり動きを止めてしまったブランコと、私の体。
指先を動かすのも億劫で。
ただ、ただ。
私はぼんやりと、薄暗い空を見つめていた。
◇◇◇
どれくらい、そうしていたか。
確かなことは分からないけれど、きっとたくさんの時間が流れた。
だって、空はすっかり真っ暗で。
街灯はその頭に光を灯しているから。
……帰らなきゃ。
ぼんやりとした意識の中でそんなことを思うけれど、行動に移す気になんてなれない。
私は肌寒さに耐えながら、ブランコの上でうずくまった。
切れ掛けの公園内の街灯。
それに群がる虫の名残。
そんなしんとした空気を震わせる、人の靴音。
たっ、たっ、たっ!
一度ぴたりと止んだその音は、次の瞬間全力疾走の音へと変わる。
それも、私の方へと向かって。
「めーちゃんッ!」
私を呼ぶ声。
私の腕を掴む、大きな手。
……だれ?なぁんて。
分かってる、今、目の前に居る人が誰か、なんて。
分かってるよ、痛いくらい。