短編小説1

□SとMの結晶
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その瞬間は、どんな女性でもほんの少しばかり後悔の念を抱くらしい。

綾倉愛美は「なんでこんなことになったのか」と、少し後悔したらしいし。
月島幸子は「こんな目にあわせやがって」と、近くで見守る夫に殺意さえ覚えたらしいから。

そして、私は。



「お願いだから少しだけ黙って下さい」と、泣きたくなっております。
















『SとMの結晶』
















「月島さんッ、大丈夫ですからねーッ?」

耳元で、ベテランとお見受けする看護士さんが私に声をかけてくれている。

でも。

私はそれどころじゃない。

痛くて痛くて……もうどこが痛いのか分かんなくなってきた。
いくら呼吸しても息苦しくて……。

ラマーズ法とか思い出せません。

「はぁい、じゃあこの台に上がって下さいねー」

看護士さんの指示に従いながら、私は自分の今までの人生にやましいことは無かったかと記憶を巡らせる。

ごく普通の家庭にごく普通の長女として産まれ、清く正しく生きてきたつもりだ。
ただちょっと、不幸体質なだけで。

全ては今、隣で私をまじまじと見つめている男が不幸の根元なんですけどね。

「めーちゃん、大丈夫?」

大丈夫に見えますか……!?

「すっごい痛そうだねぇ……脂汗までかいちゃって。参考までに聞いて良い?どれくらい痛い?」

あとでいくらでも話してあげるから、今は黙っててくれるかな!?

必死に呼吸を繰り返しながら、私は隣で微笑む自分の伴侶……月島刹那を睨み付ける。

「そんな目で見ないでよ」

そう言って微笑む男とは、幼なじみで。
高校一年生の秋くらいから付き合い始めて、いろいろなことがありました。
残念ながら、私ばかりが苦労した気がするけどね。

半分、詐欺みたいな形で籍を入れた私達にはすぐ子供が出来て……。
いや、結婚式の時にはすでにお腹に居たんだけど、そこはツッコまないで下さい。

妊娠してから、十月十日。

不安と期待を抱きながら、セミナーなんかに2人で通って。
恥ずかしくなるくらいに大事に扱われながら、無事こうして予定日通りに出産の時を迎えたわけですが。

「ッ、は、はぁっ……ッ」

有り得ないくらい痛い。
なにこれ、女性なら耐えられる痛み、とか先生が言ってたけど絶対嘘だよ!

「せ、セツくんッ……」

痛みと同じくらいの不安が襲って来て、私は思わずセツくんの手を握り締めていた。

「大丈夫?なにか欲しいものとかある?」

そう言って優しく汗を拭いてくれる、愛しい人。
この人を『セツ兄ちゃん』だなんて呼んでた頃は、自分がこんな痛みを体験するなんて考えてもみなかったもんな……。

「こ、こわいッ、こわいよぅ……!」
「大丈夫だよ、俺がついてる」
「ぉ、おかあさんはっ……?」

セツくんを信用してないわけじゃない。
でも、この痛みを知っている人じゃないと拭うことの出来ない不安もあると思うんだ。

「お母さんってどっちの?愛美さん?母さん?」

どっちでも良いよ……!

「残念、実はどっちも居ないんだよね。うちの両親とめーちゃんとこの両親で病院前の中華料理店行っちゃったみたいでねぇ……陣痛が縮まって来た時にメールしたんだけど、『これから北京ダックが来るから行けない』って断られちゃった」

うそんッ!?

娘の初産より北京ダック!?
孫の誕生より北京ダック!?

いや、なんとなく分かってたけどね!
そういう人達だってことはね!

でも、……でも!

「みっ、みんな死んじゃえぇッ」
「だめだよめーちゃん、今更そんな猟奇的な人格出したら」

だって痛いもん!
だって苦しいもん!!

「大丈夫大丈夫」
「な、っにを、ッ、根拠、にぃっ」
「根拠?聞きたい?」
「ッ、さ、さんこうッ、まで、にッ」
「あのね、根拠はね、」
「旦那さん!あんまり奥さんに話し掛けないで下さい!!月島さん、まだいきんじゃダメです!もう少し我慢して!」

だったらお願いですからセツくんを黙らせて下さい!

「ッ、セツ、くん……ッ?」

さすがに看護士さんに怒られて反省したのか、セツくんは黙って私の視界から消えて行ってしまった。

え、行っちゃうの……?

「ううん、ちょっと助産師さんと喋って来るだけだよ」
「ぃ、いまッ、はぁッ、いま、しなくっても、はぁッ、良いっ、じゃないッ!」
「月島さん!いきんじゃダメ!!」

なんで私が怒られてるの?

もう意味が分からない!

「産まれてくる子、可愛いですかねぇ」
「双子ですからねぇ、きっと可愛いですよー。……それにしても旦那さん、よく平気で居られますね?」
「なんでですか?」
「大抵の場合、初産の立ち会いは旦那さんが先に気分悪くなっちゃうんですよー。ほら、それなりに血まみれですから」


 
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