短編小説1

□SとMの結晶
2ページ/3ページ


そしてなんでセツくんと助産師さんはそんな普通に会話してるんですか!?

私、今分娩中なんですけど!?
私、今死にそうなんですけど!?

「男は血に不慣れですからねぇ」
「旦那さん大丈夫そうですね?」
「あぁ、はい。……血は嫌いじゃないんで」

物騒なこと言わないでセツくん!
全てを悟ったような顔しないで下さい助産師さん!

あぁ、そんなことよりちゃんと呼吸しなきゃ!!
赤ちゃんに空気が行かなくなっちゃう!!

「ハッ、はぁッ、はぁーッ、ッ」
「月島さん、そう、良いですよー。リラックスしてー」

看護士さんに励まされながら、ひたすら練習した通りに呼吸を繰り返す。

でも、それでも。

呼吸は楽にならないし。
全身を苦痛が支配してるし。
自分がちゃんと赤ちゃんを産めるのか、とか。

不安で、怖くて、仕方が無くて。

「せ、ッ……くん、ッ、セツく、ん!」

無意識に私は、ひたすらセツくんを呼び続けてた。
そうすれば、セツくんは私の枕元まで戻って来て、ハンカチで私の汗や涙を拭ってくれる。

「頑張って、めーちゃん。大丈夫だから、安心して」
「ッ、ん……ぅん、ッは、ッ」
「いい子だね」

夢中で首を縦に振れば、セツくんはそんな私の頬に唇を落としてくれる。

こんな時にそんなことしないで……とも思ったけれど、こんな時だからこそ嬉しくて、安心して。
少し心が落ち着いた気がした。

「はーい、じゃあ、いきんで下さいねー」

助産師さんや看護士さんに声を掛けられながら、私は必死で力を込める。
あまりの痛みに、手を握ってくれているセツくんの手を思いっきり握り締めてしまうけれど、セツくんはそれ以上の力で握り返してくれて。

ごめんね、痛いよね……?

そう思うけれど、私だって痛いし苦しい。
もう、訳が分からなくなってるんだ。

「月島さん、頑張って!」
「めーちゃん!」

みんなの声が遠くで聞こえる。
でも、その焦りようから自分が少しマズい状況にあることくらい理解出来た。

私のお腹には2人の赤ちゃんが居る。

性別はまだ分からないけれど、2人居るのはもうずっと前から分かってて。

そして。

双子を産むのは、やっぱり普通より体力が必要なんだって、先生から聞かされてた。
しかも私は初産で、体も平均よりだいぶ小さくて頼りない。

そんな私が双子を、しかも自然分娩で産むのは、やっぱり少し無理があったらしい。

みんなの声が遠い。
意識が遠退いていくのを感じる。

……私、死ぬのかな?

そしたら赤ちゃんはどうなるの?

赤ちゃんだけは助けて欲しい、絶対に。

セツくんのことだから、私が居なくてもきっと器用に子育て出来るよ。

「めーちゃん!」

ぼんやりとそんなことを思っていたら、ぎゅうっと手のひらに強い力と体温を感じて。
ふ、と横を向けば、セツくんが苦しそうな顔をして私を見つめていた。

……セツくん?

「めーちゃん、頑張って。すっごい痛そうだけど、めーちゃんならきっと大丈夫だから」

……さっきも聞きそびれたけど、根拠は?

「だってめーちゃん、今までもっと痛いことして来たでしょう?」
「ッ、……せ、ッ……く、ん?」
「お尻叩いた時だって、鞭使った時だって大丈夫だったじゃない」

なに言い出しちゃったのこの人ッ!?

「思い出して、めーちゃん。尿道に器具入れた時だって最初は痛くて泣いたくせに、最後は快くなってたでしょ?」
「ッ、セツっ、くん、ッ……いま、ここでっ、はぁッ、そのはな、しッ……はッ、」
「あれだって普通の人なら痛いだけで終わりなんだから、大丈夫だよ。めーちゃんなら陣痛くらい、快感に変えられる」

そこまでの能力無いです!

「それにねぇ、めーちゃん、」
「もッ、もうやめてぇっ、ッ、みん、なっ、聞いてるっ……からぁッ」
「旦那さん、良い感じ!奥さんすごく上手にいきめてますよ!!」
「ぇ、じゃあ続けた方が良いですか?本人が多少拒否してるんですけど」
「続けてください!」
「……てことらしいから、めーちゃん、武勇伝でも語ろうか。いつのが良いかな……ぁ、あれは?ボールペンを、」
「ゃ、やめてぇッ!セツくんッ、ぉっ、お願いだから黙ってぇッ、」
「あ!頭見えて来ましたよッ!!」
「赤ちゃんの頭ってどれくらいあるんですか?ねぇ、めーちゃん、出て来るとこ見ても良い?」
「いやぁッ、ぜっ、……た、ぃッ、いやぁッッ!み、みなッ、……でぇッ!」
「またまたそんな嫌がるふりしちゃって。いっつも口ばっかりなんだから」
「ッ、ばかぁッ、ちょ、ッ、と、だまっ、ッ、よぉッ」
「あははっ、ここまで賑やかな分娩室も久々だねっ!先生テンション上がっちゃうよ!ぁ、看護士さん、ハサミの用意お願いしますね!」

……うん、なんて言うか。

地獄絵図?

ここまで来て、ちょっと本気でセツくんとの関係を白紙に戻したくなりました。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ