短編小説1
□逮捕しちゃうぞ
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その時の俺はどうかしてたんだと思う。
じゃなきゃ。
こんなことにはなってねーよ。
『逮捕しちゃうぞ』
湖子が俺に休暇届けを出して一週間。
つまり、湖子が店に来なくなってから一週間が過ぎた。
家には帰ってるみてぇだけど、顔を合わすことも無い。
否めねぇ、違和感。
認めなくねーけど、空虚感。
そんなものを感じつつも、俺は……Blue Roseは、ちゃんと通常営業を続けている。
「はぁーぁ……、」
そんな重っ苦しい溜め息を吐きながら店内を見渡せば、着飾った女達の楽しそうな顔や、そんな客達を楽しませようと奮闘しているプレイヤーの姿が目に入った。
……駄目だな、このままじゃ。
アキラだってマサヤだって、湖子が出て行って一番落ち込んでたミツナリだって、表向きには明るく振る舞ってんだから。
俺も負けちゃいられねぇ。
「……ぅし、やるか」
自分に気合いを入れ、椅子から立ち上がろうとしたその時だ。
ふ、と。
本当に、何気なく。
無意識的に見つけた、一人の女。
小さめのボックス席に一人で、非常に居心地悪そうな顔して座ってるその女……と言うよりかは“少女”だ。
ホストクラブに少女が居る。
なにごとだ?
「おい、ちょっと」
「……はい?なんスか?」
「ちょっと聞きてぇことがある」
「えぇー?ボク、野菜スティックを5のテーブルに運ばなきゃいけないんですけどー」
「良いから来い」
近くに居た黒服を呼び止めれば、そいつはあからさまに迷惑そうな顔をして俺に近付いて来る。
この店での俺の威厳は皆無か。
「あのボックスに入ってる、あのハイジみたいなオンナ……あれ新規だよな?」
「ハイジみたいなオンナ?……あぁ、あのメイみたいな娘ですね?一人で8のボックスに入ってる」
「メイよりはハイジだろ」
「とりあえず宮崎アニメ顔ってことですね分かります」
「似てるよなー」
宮崎アニメの少女達特有の童顔っつぅか、明らかに幼子な感じがな。
そっくりだ。
ロリコンの作った映画が世界的に有名なんだから、世も末だと思うね。
「で、そのオンナなんだけど」
「なんスか?」
「ちゃんと年齢確認はしたか?未成年なんてやめてくれよ?」
「あぁ、それなら大丈夫っスよ。上で一回、運転免許証見せて貰いましたから。取得した日から考えてもちゃんと成人してました」
「……じゃあマジであのオンナ成人女性なわけ?」
「人類の不思議ですね。……人類の不思議と言えば、ボク昨日マヨネーズ丼食べて吐きました」
「……お前下んねーことしてんのな」
あんなもん食べれるのは香取か土方くらいだって……。
口に入れた瞬間に広がる油とコレステロールの塊が……まぁ、そんなことは今は良い。
とりあえず。
「あのハイジのボックス、誰も付いてねぇんだよな?」
「あぁ、はい。最初はマサヤさんが付いてたんですけど……逃げられました」
「逃げたぁ?」
「なんかあの子、ビビり過ぎな上に変な感じがする、とか言って」
「……ハイジ、あんな可愛い顔して難有りなのかねぇ?」
まぁでも、そんなこと言ってたってしょうがねぇしな。
「じゃあ俺が付くわ」
「ぇ、ユウヤさんがですか?」
「なんか問題でもあんの?」
「……ユウヤさんロリコンだから、」
「なんか言ったかお前」
俺はロリコンじゃねぇ。
ただのシスコンだ。
「まぁなんでも良いんでさっさとボックス入って下さいよ」
「……前から思ってたけど、なんでこの店の店員ってみんなそんなに偉そうなの?」
「そうですよ、ユウヤさん。真面目に面接してます?」
「えぇー、俺が悪いわけ?」
黒服のまさかの発言に疑問を抱きつつ、俺は少女の座るボックスへと足を進めた。
他のボックスに居る客達に愛想を振り撒くことも忘れない。
しかしまぁ、そう広くない店内だ。
少女の座るボックスへはものの数十秒で着いてしまった。
……どうしたもんかね?
マサヤが逃げ出したのも窺える。
俺だって思わずボックスに入るのを躊躇しちまった。
だって。
視線の先で居心地悪そうに座る少女は、絵に描いたような“箱入り娘”の雰囲気を醸し出してんだから。
「…………」
世間知らず。
純粋。
男に免疫が無い。
ぱっと見て分かる俺がすげぇのか、ぱっと見で悟られるハイジちゃんがすげぇのか。
……後者に三万点。
てゆーか、ほんとどうやって声掛けるべきなのかねぇ?
普段のノリで行ったら確実に怯えちまうだろーしな。
「…………ぁ、」
あーでもないこーでもないと、悶々と悩んでいた俺の気配にハイジが遂に気付いたらしい。
少女はその大きな瞳で俺を見上げると、小さく首を傾けた。