短編小説1

□SとMの切札
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セツ兄ちゃんはそう言ってどこか真剣な顔をする。
私は夢中で頷いた。

セツ兄ちゃんに逆らうとロクなことにならない。

それは今までの人生で痛いほど……って言うか胃に鈍痛を感じるほど良く理解しているつもりだから。

だから。

「そうだねぇ……なにして貰おうか、」

だから。

「ぁ、そうだ」

だから!

「一緒にお風呂入ろうか?」

……いや、だからって!

「ぉ、お風呂ッ!?」
「そう、お風呂。浴槽は昨日使い終わってすぐ洗ったからお湯はすぐ張れるし」
「こんな昼間から!?」
「地球のどこかはお風呂時だよ」

でも日本は真っ昼間ですよ!?

「米国なんて真夜中なんじゃないかな」
「べいこく……ってアメリカ?」
「そうだよ?」
「普通にアメリカって言って下さい」

昔っから不思議だったけど、なんでアメリカって米国っていうんだろう。
お米食べる文化、そこまで無いよね?

「それはね、めーちゃん。アメリカは『亜米利加』と書くからです」
「へぇ、そうなんだー」
「はいはい、話逸らそうったって無駄だからね」

……バレてた。

「バレた、って顔してる」
「ぇっ?」
「めーちゃんのことで俺に分からないことがあるわけ無いじゃない」
「ぇ……っ?」

きゅんっ……てしてる場合じゃない!

「せ、セツ兄ちゃん……、」
「ん?なに?」
「……ぉ、お風呂、だけは、」
「そんなに嫌なの?」
「…………だ、だって、」

だって。

思い返してみれば。

私とセツ兄ちゃんは付き合い始めて一年半も経つけれど、一緒にお風呂に入ったことが無い。

た、確かに、その……そういうことをしたりはするけれど、でも。
一緒にお風呂に入ったことは無いんだ。

……私の意識がある時は、だけど。

それに、よく考えたら、付き合う前から色んなことしてたけどお風呂入ったことは無かったはずだ。
ちっちゃい時は別として。

と、いうことは。

セツ兄ちゃんには幼児体型しか見せたことが無い。

「何度も見てるよ。一昨日も見せてくれたじゃない?」
「……私、今声には出してなかったはずなんですけれど、」
「今更恥ずかしがらなくても良いのに」

嫌なものは嫌なのです。

「まぁたそんな口ばっかり、」
「がっ、がっかりするのはセツ兄ちゃんなんだからねっ?」
「興奮したとしてもがっかりすることは無いねぇ、間違い無く。まぁ一つだけ残念なのは蒙古班が消えて来てることくらいで、」
「セツ兄ちゃん……!」
「……分かったよ。めーちゃんがそんなに言うなら譲歩する」

ふぅ、とセツ兄ちゃんが困ったように溜め息を吐いた。

ぇ、うそ……?

お風呂は無しにしてくれるの?

「俺はめーちゃんが本気で嫌がることはしないよ?」
「ッ、ありがとう!私、他のことならなんでもッ、」
「うん、じゃあお願いしても良いかな?」

うんっ、なになに?

「ここで一人でシてくれる?」

……………………はい?

じんわりと、背中に嫌な汗が滲み出るのを感じつつセツ兄ちゃんを見上げれば。
セツ兄ちゃんはにっこりと人畜無害そうな微笑みを浮かべていて。

その目が笑ってないってとこは……見なかったことにしたい。

「一人でスルとこ、見せてよ」

……する、とこ?

「この間、イイトコロは教えてあげたでしょう?」
「…………」
「指でも良いけど……、ぁ、良かったら玩具貸してあげようか?前にめーちゃんが気に入ってたやつが、」
「セツ兄ちゃん」

その時の私は忘れていたのです。

「なぁに、めーちゃん」

目の前でにっこりと、人の良さそうな笑みを浮かべるこの男の辞書に。

「ごめんなさい」

“譲歩”という言葉など存在しないということを。

「私、お風呂にお湯、入れてきます」


◇◇◇


で、冒頭へと戻るわけである。

「めーちゃん、体洗ってあげようか?」
「ぉ、おかまいなく、ッ、」

お湯を張った浴槽に肩まで浸かりながら、私は慌てて手を振った。

「遠慮しなくて良いのに」

そう言って笑うセツ兄ちゃんに“譲歩”という名の“脅し”を掛けられた私は、あれからすぐお風呂にお湯を張って。
セツ兄ちゃんが入って来るより先に湯船へと入っておいた。

こうすれば、セツ兄ちゃんに全裸を見られることは無いからね。

『俺、先に頭と体洗ってから入る派だからゆっくり浸かってて良いよ』

その言葉の通り、セツ兄ちゃんは私の見つめる先で頭を洗っている。

……髪の毛、やわらかそうだなぁ。

泡と混ざって揺れる黒髪。
その泡が体のラインに沿って流れ落ちて行くさまは、どうしようもなく官能的に見えた。

くすみ一つ無い、本当に陶器のような肌は女の私より何百倍も綺麗だと思う。

でも、やっぱり。


 
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