短編小説1

□おかえり
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最後に泣いたのはいつだろう。

そう思えば思うほど、涙は遠い存在になって行った。






















『おかえり』






















高校を卒業して、約5年。

3年の夏に色々あったとは言え、あたし達は無事に白樺女学院を卒業した。
そのまま大学へ行った子も居れば、就職した子も居るし、永久就職した子も居る。

椿ぼたんが加藤先生と結婚したのには本気で驚かされたわ、マジで。

そしてそんなあたしはと言えば、高校3年の夏に起こった騒動のオトシマエとして約束通り道行と籍を入れ、父の経営する会社を継いでいるわけである。
道行が高校を卒業してから本格的に日本舞踊を“女として”やり始めた以上、披露宴をやるわけにも行かないから、結婚のお披露目はしていないけど。

て言うか今更披露宴とか出来ない。

たぶん二人して終始笑い転げちゃうに決まってるわ披露宴とか。

まぁ道行がドレス着るならやってやらんでもないけれど。

とまぁ、現実逃避してる場合じゃない。

「…………どーすんだよ」
「……どうよう。どうしたら良いと思う?ツバメん」
「僕に聞くなよクソ社長」

車の後部座席で頭を抱えるあたしの目の前には、うんざりとした顔をしながらも少し焦っているらしい吉良くん。

聞いて驚け、相原グループ新取締役であるあたしに付いた秘書は、旦那の元お世話役である吉良ツバメくんが勤めてくれているのですよ。

実は彼は高校3年の夏から白樺女学院に道行の如く女装して編入し、更に言うなら、現在はとある人と同棲してるらしいけど今はそんなこと言ってる場合じゃない!!

「……どうしよう」
「先方に連絡は付いてるけど」
「…………うーん」

高校を卒業してからすぐは何の使い物にもならなかったあたしだけど、ここ1年はほぼ自分で会社を回してる。

そして、それなりに上手く行ってたのよ。

さっきまでは。

「……こっちのミスだもんなぁ」
「まぁそうだよな」
「…………あたしはちゃんと指示したもーん。とか言ったらブン殴られるでしょうね、会長に」
「まぁそうだろうな」

うちの会社の社員が、取引先との企画でとんでもないミスをしたらしい。
それはもう物凄いのを。

そして、それに気付くのが遅すぎて先方にも大打撃が行ってしまった。

と言う報告を、今受けたわけです。

「……頭下げに行かなきゃね」
「……あんたがわざわざ出向く必要も無いと思うけどな。チームの班長に責任取らせるべきだと僕は思う」
「でもトップはあたしだからね」

部下の失態は、トップの責任。

そう父から教えられ、そしてそれを新人研修なんかで言っちゃってる以上、あたしが責任逃れするわけにも行かない。

て言うか。

こんな小娘に付いて来てくれる部下が居るだけで感謝しなきゃいけないくらいなんだし、あたしが頭下げて済むならいくらでも頭くらい下げるわよ。

「吉良くん、この後のスケジュールってどんなだっけ?」
「この後は来年の企画チームと他社のチームとで会食ですが」
「……それ、キャンセル出来る?」
「連絡します」

そう言って携帯を取り出す吉良くんを見つめながら、あたしは背もたれに体重をかけて溜め息をついた。

……最近、なんか忙しいなぁ。

いや、有り難い話なんですがね。
父さんを安心させてあげたいし。

でも。

長いこと、道行に会ってない。

最近はあたしが家に帰れないことも多かったし、なんだか道行も忙しいらしくて、帰っても家に居なかったりする。

びっくりする話だけど、あいつちょっと前から某コーヒースタンドで働いてんだぜ。
そんなことしなくて良いって言ったのに、さすがにこのままじゃヒモだ、とか言って面接受けに行きやがって。

なに、あいつ『ショートキャラメルマキアート!』とか言ってんの?

うわ、それめちゃくちゃ聞きたい。

そんなことをぼんやりしたまま思っていたら、パチン、と吉良くんが二つ折りタイプの携帯電話を閉じた。

「キャンセル、大丈夫です」
「ありがとう」

……さて、そんじゃ気合い入れて『ごめんなさい』しに行きますかね。

「もう、とりあえずチームとか支店とか全部に謝りに行こう」
「え……?」
「だって、次の仕事でしこり残ったままってのもイヤでしょう?」
「ぇ、……でも、今日は、」

社長としてそれなりに褒められた決断をしたはずなのに、吉良くんはごにょごにょと何か言いづらそうに視線を泳がせる。

……え?だめ?

「なんか会議でもあったっけ?」
「いや、会議は無いけど……」
「…………うん?」
「……いや、なんでもない」

そう言って、吉良くんはどこか寂しそうに笑った。

そして、運転手さんに行き先を伝えると、あたしを真っ直ぐに見つめて。
ぐ、と指先であたしの目尻を強引に擦る。

「クマ、すごい」

……まぁ、最近あんまり寝てないからね。


 
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