短編小説1
□喫茶ミモザのクリスマス
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12月のビッグイベントと言えば。
……そう、クリスマスだ。
普段は『無宗教です〜』みたいな顔してるくせに、恋人とイチャつくためだけに偽りのクリスチャンになりおって、日本人共め。
その前に18日のコメの日を祝いなさいってのよ!
そっちのがお世話になってんでしょ!
……12月のビッグイベントと言えば、問答無用で、クリスマスだ。
12月に入った途端、気の早い街々はイルミネーションで彩られ、BGMは十中八九クリスマスソング。
高級住宅地なんかじゃ飾り付けの競い合いまで始まるし、全く無関係なくせに店はセール始めるし。
そんな街からの精神的攻撃や、吹き付ける冷たい風に、カップル達なら対抗出来るに違いない。
手ぇなんか繋いじゃって、『寒い〜』なんて言いながらくっつくんでしょう?
うふふ、あははは……寒いならさっさと家帰ってイチャつきなさいよ!
BGMはクリスマスソング。
それはあたしがバイトしている、喫茶店“ミモザ”も例外じゃない。
ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る〜、ってね。
ジングルベル、か……。
独り者のあたしはさしずめ“シングルベル”ね、あははは。
…………ごめん、今のは寒かった。
『喫茶ミモザのクリスマス』
それなりに栄えた街の最寄り駅。
それなりに大きなその駅が見渡せる、それなりに良いその場所に、喫茶ミモザは存在する。
店内はそこまで広くない。
でも、暖色系の明かりやレンガ造りの壁、アンティークな食器や内装、水出しコーヒーメーカーなんかはとても感じが良いと思う。
一度入ったら、絶対もう一回来たいと思う程度には。
あたしもそんな、喫茶ミモザに魅せられた客の一人だった。
ほぼ毎日通い詰めて……そうだ、あの頃はまだ彼氏と続いてたから、彼氏とも来てたっけ?
そして。
講義が終わるなり、喫茶店へと向かう……そんな生活を3ヶ月ほど続けていた、ある日のことだ。
あたしに転機が訪れた。
その日も変わらず、あたしは喫茶ミモザのいつもの席に座って、いつもと同じ、お気に入りのコーヒーゼリーを食べていたと記憶している。
そんなあたしに、この店の店長……和泉拓人は突然、こう言ったのだ。
この店で働く気は無いか、と……。
「小野寺、お客さん来たで」
肩を揺すられ、意識を引き戻される。
喫茶店は面白い。
人間観察好きにはたまらない。
まず、客層がとても広いし……それこそ小学生からおじいちゃんまで来るからね。
それから、喫茶ミモザはそれなりに栄えた街の大きな駅の前にある……だからこそ色んな仕事の方が来るってのも面白さの一つ。
サラリーマン。
学生。
ホスト、ホステス。
更には、どう考えてもカップルにしては年齢が開きすぎな男女とかも来るからね。
あと、全く関係の分からない男女とか。
「……美空、どうする?」
「私はミックスジュースにしようかなぁ……先生は?」
「先生言うなつってるだろ、馬鹿が」
そんな声が聞こえて、あたしは内心ドキリとする。
……今、この女の子『先生』って言った?
先生って……学校の?
いやいやそんなまさか、あったとしても予備校の先生とかでしょ多分。
先生って呼ばれた方の男の人も、若く見えるし。
……つーか、無表情で怖い、この人。
「じゃあなんですか、睦月くんとでも呼びましょうか?」
「……お前最初は普通にサン付けで呼んでたじゃねェか」
「それじゃ面白くないじゃないですか、せっかく卒業したのに。ぁ、あれは!?むっちゃんとか呼んでみます!?」
「……ふざけんなよ、美空」
「そんな照れなくても……ぁ、お姉さん、ミックスジュースとホットコーヒーお願いします。……で良いですよね、睦月さん」
「…………あぁ」
ミックスジュースとホットコーヒーね。
「はい、畏まりました」
小さくお辞儀をしてから、よく分からない関係の睦月さんと美空さんの席をあとにする。
……やっぱり先生なのかな、あの睦月さんっていう男の人は。
先生っぽくなかったなぁ……どちらかと言えば芸術家って感じがして。
美術教師とか?ってまぁそんなの当たるわけ無いわよね、あはははは。
そんな下らないことを考えながらカウンターへと戻れば、店長がコーヒーを淹れながら煙草を吸っているとこだった。
……ってオイ!
「なに飲食店で煙草吸ってんですか!」
「俺はあれや……我慢して過ごす一生よりも、充実した短命がええんや」
「そんな感じするわ!我慢してはらへん感じする!」
「小野寺、言葉感染ってんで」
とりあえずは煙草をもみ消してくれた店長に、受けた注文を告げ、あたしは堪えきれない溜め息を吐き出した。
……なんで店長はこんななんだ、せっかく綺麗な外見してるのに。