短編小説1

□喫茶ミモザのクリスマス
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初めて目が合った瞬間は、このあたしだってドキッとしたのに……!

ウェーブした黒髪に、気だるげな色を浮かべた切れ長の目。
顎髭をはやしてるのに不潔に見えないのは、醸し出す気品があるからだろう。

細すぎず、しかしガッチリしすぎてない腰に巻かれた黒いエプロンや、煙草を吸う指先が妙に色っぽく見えるのはなんでなんだ……永遠の謎。

「……小野寺、」

腰に直接響くような、低い声。
体に染み込んだコーヒー豆の香り。

ほら!絵に書いたような“喫茶店のマスター”じゃないの!

なのに!

「早よミックスとコーヒー持って行け。あと奥の席に新しいお客来はったし、そっちに水な」
「なんで大阪弁なのよぉぉっ!」
「そら俺が大阪産まれやからやろ。文句あるんやったらオカンに言えや」
「詐欺だわ、詐欺!」
「なんでもエエから早よ行け」

半場蹴り出されるようにしてカウンターを出て、ミックスジュースとコーヒーをさっきの席に運ぶ。
お待たせ致しました、の笑顔も忘れない。

それから。

グラスに水を注ぎ、それを新しく来店したお客様の席へと運ぶためにきびすを返す。

店内の一番奥、そのテーブル席に座る男女はきっとカップルだろう。

男の方が少し年上……かな?
そこんじょそこらの芸能人なんかより整った顔立ちをした彼氏と思しき男性は、とても優しそうに微笑んでいる。

その割に女の子が気まずそうなのはなんでだろうか……彼氏に対して怯えてると言うか、なんと言うか……。

……まぁ、その辺を除けば普通のカップルにしか見えないんだけどね。

「お待たせいたしました、ご注文はお決まりでしょうか?」
「コーヒーを2つお願いします」
「ぇっ、……は、はぁ、」

思わず聞き返すような声を出してしまった。

だって、驚いたんだもん。
そりゃまぁ、水をテーブルに置いてすぐ注文を言われたこともだけど。

そうじゃなくて。

コーヒー2つお願いします、そう青年が言った瞬間、彼女らしき女の子が『ぇっ?』て顔をしてたから。
……明らかに彼氏が勝手に決めたよね?

「せ、セツ兄ちゃんっ……わ、私、コーヒー、飲めないっ、」
「まぁまぁ、めーちゃん。こういうのは何事も経験だからね?」
「で、でもっ、私っ、」
「めーちゃん」
「ッ……は、はい」
「苦いもの飲むの、慣れとかなきゃ……ねぇ?」

そんな、カップルの会話……というか攻守戦を黙って見つめていたあたしだけど、そこでさすがに引っかかった。

ねぇ?……と笑いかけるセツさん、かな、彼は優しげに微笑んでいるけれど、目が笑ってなかったから。

なにこの人……怖ッ!

「飲めるよね、めーちゃん?」

その言葉は疑問系なのに、強制にしか聞こえない。
……サド?サドですかこの人!

そして。

「……の、のみ、ます、」

どうして彼女さんは怯えながらも真っ赤になってるんでしょうね。
なんかもう、『いじめてください』とでも言ってるかのような反応。

……相性バッチリじゃないスか、セツさんとめーちゃん……、かな?

「じゃあ、コーヒー2つで」
「……畏まりました」

あの2人は今日が『クリスマスだから』とかじゃなくて、毎日あんななんだろうなぁ、と思いながらカウンターに戻れば。

カウンターの中で、店長が仕事ほっぽらかしてワンセグテレビ見てた。

……って、オイ!

「なに呑気にテレビ見てんですか!」
「今日はクリスマスやで?M-1と珍プレー好プレー見ぃひんで何すんねん?」
「仕事しろよ!つーかそうですよ、今日はクリスマスですよ!なんで私仕事してんの!?」
「特別手当に釣られたんはどこのどいつや。……ぁ、やっぱ凄いわ羽柴、」
「羽柴……ってあのキャッチャーのですか?凄いって、珍プレーが?好プレーが?」
「珍、珍、」
「二回連続で言わないで下さい」
「こんなんやったらM-1よりオモロいわー。……漫才はしゃべくりやで、しゃべくり。最近はなんやコントが流行って、」

カランッ。

「ぁ、カウベル鳴りました。いらっしゃいませー!……じゃ、ちょっとあたし行って来ますね!」
「人の話は最後まで聞かんかい!」
「あたしには仕事がありますから!」

年寄りの話は長い。
いや、店長はまだ20代後半くらいだろうけど……って、よく考えたら若いよね。

まぁとにかく、店長の蘊蓄から逃げるためにあたしはカウンターを出て、新しく入ったお客に水を運ぶ。

「いらっしゃいませ、……ご注文はお決まりでしょうか?」

そう微笑みながらグラスをテーブルに置く……くそ、またカップルか。

「おれ、カフェオレにしよ。光成お前なんにする?甘いやつ?」
「……どうしましょうか。今日はクリスマスですしね、」
「別にクリスマス関係無ぇだろ」


 
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