短編小説1

□午前00時00分
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恋人はサンタクロース。
私の彼はパイロット。
奥様は魔法使い。

……などなど、俗にまみれ混沌としたこの世の中、恋人や伴侶の職業は多種多様です。

そして、それは私の彼氏も例外ではありません。

しかし。

私の彼は“サンタクロース”や“パイロット”よりも平々凡々。
でも、誰よりも将来安泰!な職業についています。

……え?どんな職業かって?

特に期待されるような職業ではないのですが……まぁ、前振りしたの私です。
お話しましょうか。

それは、大晦日に一番忙しい職業。



ただのお蕎麦屋さんですよ。


















『午前00時00分』



















12月31日。

なにを隠そう、大晦日である。

ということは、日を跨げばは翌年なわけで。
そんな日を彼氏と甘く過ごして、『ハッピーニューイヤー』を囁き合いたいと思うのは恋人なら当たり前なわけで。

そして、それは私も例外じゃない。

だから。

・12月31日、午前11時30分。

私は彼に会うべく、自宅を出動。

・午前11時50分。

彼氏宅こと、蕎麦屋“かをる”へと到着。

しかし、昼食時ということもあり、彼は出前の配達で不在。
残念。

ぁ、ちなみに店名“かをる”は彼のお姉ちゃんの名前。
看板娘、ってやつですな。

・午後12時05分。

私の彼氏で、蕎麦屋かをるの跡取り、修ちゃんこと水城修介が配達を終え帰宅。

愛を込めて『おかえりなさい』を囁くも、『お前俺ん家が大晦日どんだけ忙しいか知ってんだろ!』と暴言を吐かれ、『これ食ってさっさと帰れ!』と鴨なんばんを叩き付けられる。

憎い。
でも美味。

・午後12時30分。

鴨なんばんをしっかり汁まで飲み干し、なぜか厨房で器を洗う。
とんだセルフサービスだ。

・午後12時40分。

食休みもそこそこ、修ちゃんに店から叩き出される。

憎い。
そして寒い。

・午後1時00分。

自宅へと帰宅。

いかに彼と大晦日を過ごそうか構想。
しかし、満腹ゆえに眠りの国へ。

・午後5時35分。

気付いたら夕方だった。

寝過ぎだ。
死ね私。

大急ぎで身支度を整える。

・午後5時45分。

母に『マイラバーと会ってくる』と捨て台詞を吐き、自宅を飛び出る。

・午後6時05分。

蕎麦屋かをるへ舞い戻るも、さすが大晦日と言うべきか、店内はお客でいっぱい。
修ちゃんに『なんで来てんの!?なんでお前帰って来ちゃってんの!?』と暴言を吐かれながら、厨房の片隅へと追いやられる。

そして。

・12月31、午後6時15分。

現在進行形で、私は駄々をこねていた。

「ねぇ、修ちゃぁん、」
「話しかけんな!イライラする!」
「それが彼女に言う言葉ぁ?」
「お前なら俺ん家の31日の忙しさ知ってんだろ!?」

まぁね、私は修ちゃんの彼女で、尚且つ幼なじみだもの。

良く知っていましてよ!

「じゃあなんで来んだよッ!」
「だって私、修ちゃんとイチャイチャしようと思って……、」
「なんだ修介、お前葉月ちゃんとイチャイチャしとらんのか!」
「オヤジは黙って蕎麦打ってろ!」

せっかくおじさんが助け舟を出してくれたのに、修ちゃんはそれをバッサリと切り捨てる。

あぁほら、おじさん悄げちゃった。

「修ちゃん、お父さんに向かってそんな口のきき方しちゃダメでしょ!……元気出して下さいね、お義父さん」
「葉月ちゃん……、」
「なぁちょっと待てよ!葉月お前いまちゃっかり『お義父さん』とか呼んでなかったか!?」
「未来の嫁ですもの。水城葉月、かぁ……、壊滅的に語呂が悪いわね」
「帰れよ!お前ほんと帰れよ!」

修ちゃんは大きな鍋で蕎麦を茹でながら、出前の電話を受けたりしてる。
本当に忙しそうだ。

……もしかして、私、本気で邪魔?

「いつも修ちゃんは私のこと邪魔って言うけど、でも……私は修ちゃんと一緒に居たいんだよ?修ちゃんに将来を預けたつもりでいるし……少しでも厨房のイロハを学べたら、ってお邪魔してるけど……、そうだよね、大晦日は忙しいもんね。……ごめんね、今日は帰る、ね、」
「……葉月、」
「とでも言うと思ったかッ!」
「だと思ったよッ!!」

渾身の一撃も幼なじみには予想出来たらしい。
修ちゃんは悪態を吐きながら、ザルで蕎麦のお湯を切っていた。

「あぁ、そんなにしたらお蕎麦切れちゃうよー、」
「お前黙ってろ!こちとらプロだ!跡取り任されてんだよ!」
「修介!葉月ちゃんの言う通りだぞ!」
「オヤジ、ちょくちょく出て来んのやめてくれっかなッ!?」

どうやら本当に忙しさに苛ついて来たらしい私の彼は、どこか乱暴な手つきで仕事を進める。
それでも仕事は完璧だ。


 
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